油屋熊八さんが迎えてくれる別府駅前「油屋ホテル」
期間限定のアートで別府の歴史と魅力にふれる木造施設
油屋ホテル(会期終了にともない現在は解体済)(大分県別府市)
運営:別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会
「別府観光の父」とも呼ばれる亀の井グループ創業者「油屋熊八」さん。その熊八さんをかたどった銅像(子ども達を愛したピカピカのおじさん像)が期間限定で仮設のホテルに包まれ、夜間鑑賞ができるようになった。
JR別府駅の前にこの不思議な建築でありアートな場をつくるプロジェクト「油屋ホテル」を手がけたのはヨーロッパを中心に活動するアーティスト西野達氏だ。2017年、西野氏と大分の地域工務店「幸建設」によって建築された不思議で、なんとも魅力的なホテルを紹介する。
別府駅の目の前に建築された木造のホテルへ
2017年10月、別府駅東口に突如あらわれた白い建築、「油屋ホテル」。観光で多くの人が訪れる別府のまちの玄関とも言える駅前に突如あらわれたこの木造施設は、外から眺めても不思議な箱型の建物。その中に入ると、モダンな外観と一転して高級旅館のようなしつらえが待っている。
地元の老舗「別府花菱ホテル」の家具や内装が活用された室内
室内に入ると高級感のあるエントランスが訪れる人を待っている。
受付のカウンターをはじめ、館内にしつらえられた家具やインテリアは、1904年に創業し114年の営業を経て惜しまれつつ閉館した「別府花菱ホテル」の備品を再活用している。
大迫力の油屋熊八さんと一緒に過ごす特別な体験
メインルームの注目はなんといっても部屋のど真ん中に鎮座する大きな油屋熊八さんの銅像だ。別府駅前に像が設置されて10年目、駅を通りすがる人も普段銅像の近くを歩きつつも、これだけ目の前で、しかも同じ室内で眺める体験は早々ないだろう。
空高く両手を挙げ、片足で満面の笑みで立つ熊八さん。マントにしがみついているのは別府地獄めぐりの小鬼なんだとか。
このプロジェクトを手がけたアーティストの西野逹氏は、これまでシンガポールでマーライオンを囲ってホテルにしたり(『The Merlion Hotel』|2011年)、ニューヨークでコロンブス像を囲ってリビングルームをつくる(『Discovering Columbus』|2012年)という独創的なアート活動を続けてきた。
公共空間を大胆に変容させるアートプロジェクトで国内外で話題を巻き起こしてきた西野氏が手がけた『油屋ホテル』は、現代の別府の基礎を作った油屋熊八をモチーフに、ひいては別府の歴史を具現化しようとするホテル型作品なのだ。
ベッドや家具、備品も「別府花菱ホテル」のものを利用している。老舗ホテルのしつらえにふれながら心を落ち着ける一方で、駅前の賑わいを身近に感じながらすごすなんとも不思議な時間だ。
足湯ならぬ『手湯』が生み出す今だけの露店風呂
今回、西野逹氏とともに油屋ホテルの建築施工を請け負うことになった大分の地域工務店「幸建設」がこのプロジェクトに関わるきっかけになったのが、普段は駅前にある『手湯』。別府のまちを訪れる観光客が、電車を降りて一番はじめに温泉にふれるこの手湯をつくったのが実は同社だった。期間限定の特別なホテルをつくる今回のプロジェクトの施工の担い手として同社に白羽の矢が届き、この建築を手がけた。
国内外を忙しく飛び回る西野達氏の大分来訪にあわせての打合せの中で設計図面を完成させ、なんとか実現にこぎつけた同社。木造建築には長年の経験があるものの、期間限定の宿を駅前に出現させるという経験はやはり初めてだったそうだ。
手湯からあふれる別府の天然温泉を浴槽にぜいたくに注ぎ、全身つかれるようにした期間限定の特別な露店風呂。効能は、きりきず、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症などだそう。
檜の浴槽を囲むようにしてつくられた簾の塀や庭にもなんとも言えない風情が漂う。
木が香るこのぜいたくな露天風呂、実は電車の車窓から眺められるロケーションとなっているため、入浴時には水着の着用が必要。とはいえ、気持ちよい温泉につかりながら、駅を訪れる人の声や電車の音、街のにぎわいを感じるという体験は、プライベートとパブリックが混ざり合った特別なもので、一度体験したらきっと生涯忘れられない思い出になるだろう。
2017年末の約二ヶ月間の会期を終え、冬から春にかわる頃の雪のように姿を消したこの油屋ホテルも、地域の材と人の手によって生まれた、別府のまちの魅力を生み出した木造施設なのである。
「油屋ホテル」プロジェクト
デザイン:西野 逹
施 工:株式会社 幸建設
公開期間:2017年10月28日(土) ~ 12月24日(日) ※会期終了
<イベントについて>
名 称:西野 達 in 別府
主 催:混浴温泉世界実行委員会
写真提供:株式会社 幸建設