インタビュー
(1)協働による合理的な工夫に満ちた建築
施設名:北沢建築木材加工場(長野県上伊那郡箕輪町)
話し手:北沢建築 北澤宗則氏 / 建築家 三澤文子氏
設 計:Ms建築設計事務所 三澤文子x北沢建築設計部 ・ 東京大学准教授 稲山正弘 +東京大学稲山研究室
施 工:株式会社北沢建築
長野県で大工技術による丁寧な木造を手がけられている北沢建築さんで、2010年スギ製材による18mスパンの木造の加工場が竣工しました。当時は木材利用促進法が施工される前であり、樹状トラスとルーバー上方杖垂木による圧倒的な迫力により注目を浴びた木造施設です。今回、設計者の三澤文子氏、施主であり施工者でもある北沢社長からインタビューさせていただきました。全3部のうち第1部では設計から施工までの経緯、木造施設を流通材で設計施工する工夫とメリットについて伺いました。全3回から、ひとつの木造施設がどのようにつくられ、どのように影響を与え、誇りをもって地域で生きるとは何なのか働き方まで考えさせられる内容となっています。
設計チームができるまで
ーどのような経緯で今回の加工場のチーム(三澤文子+稲山正弘)ができたのか教えてください。
三澤:
北澤さんがプロジェクトの話を持ってOMソーラーの紹介で大阪(Ms建築設計事務所)に来られて喜んでお引き受けしますとお答えしました。
最初のプレゼンでは18mスパンを飛ばしたいということだったので、真ん中に柱が立ちますと申し上げました。
そうしたら柱があったら機械のレイアウト、作業場としてはまずいということだったんですね。
普段、私たちは住宅を設計していますから、それほど長スパンをとばすとなると構造設計にも入っていただかないとということで、「稲山先生[1]に構造をお願いしようと思うんですがどうでしょうか」と申し上げたところもちろん!と北澤さんがおっしゃったんです。
むしろできたらそうしたかったんだという位の話でした。
それで二人で(稲山先生のおられる)東大に打ち合わせに行ったんですよね。
北澤:
その前に話があって三澤さんとの出会いにも通じるんですけれどもOMソーラーのシステム住宅であるフォルクスハウスで三澤さんが設計された真壁で作るというのがありました[2]。
それが自分たちのやりたかった事にマッチしていたので、普段の住宅の仕事は三澤さんが導いてくれたフォルクスのやり方をベースにつくってきました。
いざ加工場のプロジェクトが持ち上がって、構造設計はどうするんだとなったときに稲山さんの名前が挙がって、こちらも稲山さんにお願いしたいと思ったんです。
ぼくは建築オタクでいろいろ見ている中では稲山さんの建築が以前から好きだったんですよ(笑)。
三澤:
最初のプレゼンで一応配置計画とボリュームはお出ししました。
私としては門型のような形ではなくてもう少しシャープなものをイメージしていたんですけれども稲山さんとの話の中で現在の形になりました。
これだけの規模の加工場を木造でつくるとなって私は「結婚式ができるようなエレガントな建築にしたい」と言いました。
数日経って稲山さんからお電話がありましてね。「できましたよ、三澤さん。優美な架構が!」とおっしゃったんです。その声色、トーン、今でも思い出します。
[1] 稲山正弘 東京大学大学院農学生命科学研究科教授。ホルツストラ一級建築士事務所主宰。木質構造研究会会長、中大規模木造プレカット技術協会代表理事。
[2] フォルクスC 建築家三澤康彦氏、三澤文子氏が設計システムを考案した地元の林産地と手を結び、設計や施工の実際の家づくりは地域工務店が担うOMソーラーの家
楽しい協働
ーこれまでに三澤さんは稲山さんと協働した経験はありましたか?
三澤:
稲山さんとは雪深いところで、ロッジといいますか、宿泊施設を一緒にやったことがありました。
積雪6メートルの条件が厳しいところで、なかなか厳しい仕事だったんですが、その仕事の経験から稲山さんと協働のし方がわかっていたんです。
稲山さんは自分からどんどんアイディアが湧き出してくる方ですので、こちらから限定した形をもっていかないほうがよい、稲山さんのアイディアをうまくまとめるようなやり方の方が良いということがわかっていたんですよ。また、私は森林文化アカデミーで9年先生をしておりましたが、森林文化アカデミーは意匠が北川原温さんで構造が稲山さんです。
長年アカデミーにいる間に設計された空間に体が馴染んでいましたよね。
稲山さんとの設計の方法もわかるし、稲山さんのやりたかったことも肌で分かっている感じということで、あまり気を遣わない相手、そんな感じがするんですよ。
一緒に設計したのはたくさんあるわけではなくて数は少ないんですけれども、話す機会が多いんです。だから稲山先生とはやりやすい。構造家でも少年みたいに突き進むみたいな人でなので私が突き進むのではなく、うまく全体を整理するみたいな役柄は私はすごく好きだなと思うんです。
この加工場でも「電話で優美なのができました」なんていうのは結構子供チックでしょ(笑)。
ビジネスっぽくないのよ。そういうところがすごく好きで今でもすごく印象に残っています。
そういう関係で仕事ができるというのはすごく楽しいなと思うから、稲山さんと会う度に何かあったら(一緒に仕事をしましょうと)いつも言っていますよ。
北澤:
それはクライアント側からするととてもありがたい話です。
自分がいいなと思っている三澤さんと稲山さんとが組むという事は凄いことができるんじゃないかなと期待して結果これだけの素晴らしいものができた。
イメージができるまで
―初期、どういうイメージで設計されましたか?
三澤:
規模を聞いて大きな建物なので、私たちが普段設計している住宅と比べるとすごくごつくなってしまう、力強くなってしまうと思いました。
もちろん力強くしないとこれだけの規模のものはもたせられないだろうということもわかります。
しかし一方で、ごつくなってしまうのは私としてはイメージが違うなと思ったんです。
どのようにイメージを伝えようかと思って、稲山さんに結婚式が出来るようなエレガントな架構にしたいということをしっかりお伝えしました。
結婚式ができるような、と言えばきっとイメージを共有してもらえるだろうと思ったんですよね。
平たくいうと教会のような感じ。
最初、稲山さんとの打ち合わせでそう言ったときはぼんやりうなずくような感じでしたが、その後「優美」という言葉で返ってきました。
架構だけでなく外観のイメージもすごく気になっていました。
面積が大きいからボリュームも大きくなるので、外観も可愛くしたいと思ったんです。
ごっつい倉庫、大きいものみたいにならないようにかわいいっていうような感じ。
エレガントっていうよりはかわいいちょっとチャーミングなと言うようなイメージに外観はしたかったんです。北澤さんが出来上がってきたときに「チョコレートケーキみたいになった」ておっしゃったんですよ(笑)。
北澤:
チョコレートケーキって先生が言ったのかと思ったんですが、自分で言ったんですね。
三澤:
いいんですよ、ケーキみたいにしたかったんだから(笑)。
ショートケーキみたいに可愛いって、シルバーの部分がアルミホイルみたいだってね。
設計の中での発見
―北澤さん、今回の三澤さんとのやり取りの中で発見を教えてください
北澤:
今回の仕事では最後まで色使いが勉強になりました。
三澤先生が早く塗ってくれ、早く塗ってくれって言われても、自分の中では理解できなくてなかなか進められないことがあったんです。
例えば今回の工場より先行してつくった事務所の格子の色とか。
指示を受けてから本当にそれが良いのかどうか理解しないと体が進められなくて、早くやりなさいよと言われてね(笑)。
普段、自分が設計する時には気にしてなかったというよりは、自分の感覚の中に持っていなかったという感じだと思います。
構造的なものはなるほどと頭で理解してすんなり入ってきたんですけど、色使いは感覚的になかなか入って来なくて、すごく勉強になったところです。みんなにはなかなか言わないですけどね(笑)。
―屋根の構造用合板を黒く塗るというのはどなたのアイデアですか?
三澤:
私は絶対、梁の裏の合板は黒だと思った。
フレームが大きくなってくるから下地を黒くしないと梁、方杖の綺麗さが違うと思いましたよ。
北澤:
工場を施工する頃には三澤先生の色づかいの感覚はなんとなく理解できていたので野地板を後で塗るのは大変だから塗るようだったっら今だと、三澤さんに確認しましたよね。
三澤:
黒はやっぱり影にする、存在感を消すと言うことですよね。
このボリュームだから何か存在感を消してもらわないと大変なことになるという思いでした。
架構の裏が黒だからあの連続したラインが際立ってくるし、黒でなかったら随分架構の見え方が違っていると思います。
北澤:
いろいろ面白かったですよ。理解するまでに時間がかかったということがありました。
苦しむというよりは自分や社員の勉強のために理解しながら進めていった感じです。
流通材による設計施工の合理性
―流通材寸法に拘って設計、施工されている理由と工夫について教えてください。
北澤:
あまり木造に慣れていない設計事務所さんの仕事だと、流通していない寸法が図面に書かれていることが多くて、見積も納期もかなり予定から外れることが多くありました。
そういう苦い経験をたくさんしてきましたので、ここは流通材に拘って初めから計画してもらいました。
鉄骨造は全部流通材で、形状もスパンも決められたメンバーの大きさのもので組み立てるというルールがあるのに、木造の施設になると途端に何でもありという状況になる。
木造の住宅では昔からの尺モジュールというのがありますが、木造施設で規模が大きくなった途端、特注寸法物が多くあるなと思います。
それは施工者側としては辛いものがあるので、この加工場は流通材だけでできるのがベストだろうなと思いました。今回の場合、私は施工者でもあり、施主でもあってつまりお金を出す側でもあるので、流通している寸法のものを使うことが1番コストダウンつながるという思いがありました。
その旨を先生にお話したら、納得してもらいやってみようとなりました。
流通材で計画するメリットは一番にまず納期予測がつくということです。
次に「歩留まり」という言葉で片付けるところもあるんですけれども、材料を集める時でも納期が早くてロスがないということです。
ちょうど加工場の材料調達の際にこんなことがありました。懇意にしている製材所が水害で材料が出せなかったんですよ。
一部予定外のところから調達したんですが、流通材の断面だったから在庫があって対応できました。
納期、調達のロスを考えると経済的にも施工的にも流通している規格寸法を使うのがベストではないかと、あとは設計の取り組み方だと思います。
木造をえらんだ理由
―加工場を木造にした理由を教えてください。
北澤:
正直、加工場は鉄骨でもよいかなと初期は思っていたんです。
ある程度大きい工場だと構造材も大きくなり、ボリュームが出てくるので、鉄骨で小綺麗にさらっと作るのが1番安いし、コストパフォーマンスも見栄えも良いかなと。
まずモデルハウス兼事務所の「欅ガルテン」の計画が先に1期工事で、加工場は1期ができてからの2期工事でした。
事務所は普段作っている住宅の延長上の木造で作って雰囲気を感じてもらいたかった。小さい会社なので事務所の隣に加工場を置くのが条件でした。
事務所の隣の加工場は全く対比するものにするか、あるいは同調するものにするかどちらかでした。
対比させるようなものにするなら鉄骨造にするという判断もあったので、加工場の面積が入るスペースだけ確保してもらって、先に1期のモデルハウス兼事務所の方だけを三澤さんに設計してもらいました。
ただそこで、せっかく大工技術で木造を作っている工務店なのに加工場は鉄骨でいいのかと周りの方から言われました。
木造だと難しい案件になるという懸念を言うと、三澤さんはじめ先生方から木造でも大きな加工場は可能だという言葉をいただきました。
三澤さんからいただいた最初のプレゼンでは面積に合わせてイメージした建物の模型があって、真ん中に一本くらい柱が立っているが木造でできるという提案でした。
今の形とは全く違いますが、木造の可能性はあるのかなと思いました。そこでこの規模になると構造設計を入れないといけないとなって稲山先生に入ってもらうという先程の話に繋がります。
結果的に無柱で成立するという答えになりました。木造で大きな規模をやるって事は無理なんだろうなと、最初は皆(木造で大きな施設は)できないと思うんですよ。
三澤:
私は北澤さんが最初そんなこと思ってたんだ、と今更思う位ですよ!
加工場の依頼があったときに鉄骨の工場が既に別にあったから、新しい加工場を北澤さんが鉄骨もあるかなと思っていたなんて考えたこともなかった。
改修なら仕方ないけれども、職人さんを誇りにして木造をつくられている北沢建築さんの新しい加工場で鉄骨はありえないし、最初から木造と決めつけてましたよ!(笑)
北澤:
1期工事(モデルハウス)では加工場の話をそれほどしなかったですね(笑)。
三澤:
ただ加工場は柱がないと言われたときに私の頭の中ではちょっと難しかった。
柱があると機械のレイアウトに制限が出てしまうので、ないほうがありがたいという話でした。1本ぐらいなら柱があっても大丈夫となったんですけれども、稲山さんに構造設計してもらって「全く問題ない!」という答えが返ってきました。
私は森林文化アカデミーにずっといたから、稲山さんの設計する空間を体験していて、木造でも大きな施設が「できる」ということはよく分かっていたんです。
大工さんの加工場が鉄骨だというのは理屈に合わないと。今まであるものだったら仕方ないけれども、せっかく建て替えようという大きなプロジェクトで、大工さんたち自身が作った建物の中で仕事をする計画にしない理由がない、ベストだと思いました。
なんなら30メートルスパンでも木造で可能だぐらいに思っていましたよ。
北澤さんがまとめてくださっていたように鉄骨と比べて木造がコストも説得力もありますよね。
大体木造の施設と言うのはあまり慣れていない人がやることで高くなるんですよ。
公共建築を木造でつくると高い、とレッテルを貼られているんです。
高いからやらないと役所の人たちも言うんですよ。設計者も住宅系と施設系と分かれてしまっていることに問題を感じています。例えばサッシでも住宅用を使ったほうが安いじゃないですか。
でも施設の設計者はビル用に慣れているから住宅用の使わない、コストの感覚が違うんです。
コストが厳しい住宅の設計をしている人が施設をやった方が絶対に良いものができると思うんで
す。そう信じています!木造施設協議会は頑張らないといけないんです。
北澤:
加工場は予算が限られていて青天井と言うわけではなかったので、すごくコストは心配していたんです。どんな企業でもそうですが、ましてや(加工場の)中に置いてあるものが大事であって、加工場はその大事な部材をつくる場所でしかない、つまり雨風しのぐだけの建物であると考えている経営者が大半なんですよ。
そういう視点からすると、あまりお金をかけなくてもいいところにお金をかけているんじゃないかと言う人も多かったです。弊社の加工場を見た人の中には金額が分からない状態で話すと、大いに過剰だと言う人もいます。
―しかし、実際のところは流通材でつくる等の合理化によって工事費は経済的ですよね。
北澤:
工種別で金額を出すと、材木は概算で60㎥、10万円/㎥と考えると合計600万円。それほどしないんだなと思いました。
材料代がその程度でも出来上がった建築が凄く高く見える、理想的なものがあっての話です。
それができるのは木造の意匠だと思います。かけたもの以上に高く見えて、固定資産の評価以外はありがたいです(笑)。
三澤:
木造というだけで随分金額が抑えられています。北沢建築さんは社内大工さんが10人もいて修行して昔ながらの大工さんを養成するような形ですよね。
今なかなか少ないだろうその仕組みにすごくびっくりしていました。また手刻みだって言うから、それは「すごい!見せなきゃ!」と思いましたよね。もう見せなきゃまずいと思いましたよね。
私の頭の中では作業場と言うよりイベント会場のようなイメージで、キャットウォークのような一段高いところに上がって加工しているのを見るっていう、自分の中では勝手に見学ルートを考えていて大工さんを「見せる」という意識が強かったです。
看板にも拘って、入ってすぐかっこよく見えるようにしたかった。
私がお客さんになったとして、住宅を建てようと思って、さぁ訪れたときに「ワーッ」と劇場のように心が揺さぶられるようなものにしたかったんです。
ここはただの加工場じゃない、手で刻んでいる現場なんだと。
プレカットで箱詰めされて、外から運ばれてきて大工さんは組むだけという工務店さんだったらそうは思わなかった。
北沢建築さんのやり方に魅力を感じられているお客さんの声を聞いていたので、大工さんの手仕事を見せないとわからないし、見せたいと思いました。格好だけではなくて、手仕事をお客さんが見てドキドキするような空間になってほしいなと思いました。
北澤:
木造でつくったら多かれ少なかれ、こんな大きな架構を木造で、と驚いてもらえると思います。さらに稲山さんと組むことで、こういうエレガントなものができたんだと思いますし、それが設計の価値なのだと思います。
取材日:2017年10月11日 聞き手:藤村 真喜 撮影:伊藤 夕歩