ジャーナル
第2回公民連携リレーセミナー2022②
地域の文化に根付いた建築の活用で地元の愛される施設に
施設名:シネマネコ(東京都青梅市)
話し手:登壇:國廣純子氏 池上碧氏 中島慶貴氏 菊池康弘氏 進行:相羽健太郎 藤村真喜
設 計:池上碧氏(池上建築設計 / Ao Ikegami Office)
施 工:株式会社中島工務店
都内で唯一の木造建築の映画館「シネマネコ」は、昭和初期に建てられ都立繊維試験場として使われていた国登録有形文化財を映画館に生まれ変わらせた施設です。
第2回公民連携リレーセミナーではシネマネコを実際に会場として利用させていただき、施設の設計に携わった池上碧氏(池上建築設計 / Ao Ikegami Office) 、施工を担当した中島慶貴氏(中島工務店社長)、施設の社長を勤めこのプロジェクトの発起人でもある菊池康弘氏(株式会社チャス代表取締役)に、古い施設を活用することの魅力や、有形文化財ならではの工事秘話を伺いました。
地域にもとあるものと馴染む建築
(池上氏)2019年のコロナ禍になる少し前に日本に戻ってくるまで、北京の「ZAO/standardarchitecture 标准营造」に5年勤めました。
手がけた建築のひとつに、胡同(フートン)という旧市街のプロジェクトがあります。胡同は日本で言うと町屋のような歴史ある建築様式で、平家建ての四合院という4つの建物に囲まれた中庭形式の建築が連なるエリアを指します。
政府や一般論では雑多に衰退した街を全て取り壊して、裕福な家族が住んでいた時代を再現すべく新しい建物を建てると言う考え方に進みつつありましたが、私たちは古い魅力的な建物を残しながら新しい空間を作っていこうとプロジェクトを発足しました。
住人と子供たちが共存する建築
住人の中には言葉の通じないような方もいる環境です。中庭にあった煩雑な空間に屋根をつけて子どのもの遊び場に。虫食い状に図書館を設計して、もともと住んでいる人とも共存できるような建築が出来上がりました。
繊維業で栄えた映画館の賑わう街「青梅」
2019年コロナ禍となる直前に帰国しました。ZAOを退職してフリーになるタイミングと重なり、青梅に事務所を置いて映画館のプロジェクトに参加しました。
青梅は繊維業で栄えた街です。繊維工場が軒を連ねるなか映画館も賑わいを見せ、3館ほど営業していました。50年くらい前に全て閉業し、商店街も映画看板の街としての暖簾を下ろす考えでいた頃に、菊池さんが映画館を作りたいと声を上げられて発足したプロジェクトがシネマネコです。
もとある建物の表情を残した空間に
織物工場としての機能は果たしていないものの、現在も建物として残っている中にさくらファクトリーがあります。
さくらファクトリーは作家さんにアトリエとして貸し出しているほか、手づくりの雑貨やセレクトの小物などを販売し、出店場所として使用されている方もいます。
シネマネコの上映室はバレエの発表会やピアノのコンサートを行なっていた建物です。当時は天井が貼ってありましたが、現在は木造屋根の構造を見せています。オーナーの菊池さんと一緒に館内の配置を話し合い、廊下だった場所を受付やキッチンとして映画館のコアに配置することで、エントランスが広く見えるよう設計しました。
もともと黄色い左官壁だった空間の表情を残すために上映室は左官仕上げにしました。菊池さんも参加して左官の壁に表情をつけました。
登録有形文化財を活用する
(中島氏)エントランスは漆喰の下地材として使用されていた衣摺を再利用しました。漆喰壁を剥がすまでは長さや厚みに問題がないか、腐っている可能性もあるのではないかと話していましたが、大工が1本1本丁寧に幅を揃えて調整し、壁に配置しました。
古い建物は剥がしてどうなっているか確認するまで建物の状態が予測できません。職人の技と判断で一つひとつ確認しながら、耐震工事をするために壁を剥がしたり、木造の基礎を新しくする工事を行なっていきました。登録有形文化財の建物は外観に手を加える工事ができないため、耐震補強も断熱も基礎の工事も全て内側から行わなければならず、壁を少し浮かしてコンクリートを打設したりと、少しでもずれると倒壊してしまうような緊張感のある工事となりました。
シネマネコ
地域から愛され 街に人を呼ぶ。行政も民間も嬉しい“4方良し”の事業
(菊池氏)普段は青梅市内で飲食店経営を主な事業としているので、シネマネコは投資の大きなプロジェクトでした。現在はコロナ禍でありながら、リピーターの人にも支えられ予想していた以上に多くの人に足を運んでいただいています。
建物のポテンシャルを設計で引き出したリノベーションを行い、地域の文化にマッチさせてビジネスにしていくことは、地域からも愛され、メディアからも注目されるような事業へつながります。このプロジェクトを通して、建築的な観点もビジネスにおいて重要な役割を持っているということを学ぶことができました。
素敵な映画館ができたのは、國廣さん、池上さん、中島さん、関わっていただいた皆さんのチームワークの賜物です。これからも地域に根付いた建物を活用しながら、事業を進めていきたいと思います。
取材後記
セミナーの最後の國廣さんからの総括の中に、建物を活用するためのアドバイスとして、地元の人たちがその建物についてどう思っているのか、どのような歴史のある建物なのか「地域での建物の位置付けを調査する」という言葉がありました。
実際に登録有形文化財を活用する際はさまざまな手続きや申請が必要な中、文献がほとんど残っていない現状があり、産業記録や織物史の本などをかき集めて専門家に頼って申請するなど、得られた情報をつぎはぎをしながら、根気強く地域の価値を見出して前に進めていくことが必要だということです。
歴史ある建築の活用は新築を立てるよりも多くの手順や資金を要することだと思います。一方で、街を豊かにするポテンシャルを持っていることも確かです。今回お話しいただいた方々のように、同じ価値観と目的を持ってそれぞれの立場で協働することが公民連携の主たる部分なのだと感じる機会となりました。
(文:木造施設協議会事務局|相羽建設 中村桃子)
シネマネコWEB https://cinema-neko.com