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【開催報告】「東住吉の古民家改修」見学+設計セミナー
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【開催報告】「東住吉の古民家改修」見学+設計セミナー

【開催報告】「東住吉の古民家改修」見学+設計セミナー

施設名:東住吉の古民家(大阪市東住吉区)
話し手:藤村 真喜(木造施設協議会事務局|スタジオノラ)
設 計:スタジオノラ
施 工:株式会社輝建設

【開催報告】「東住吉の古民家改修」見学+設計セミナー

人の一生よりも長く、そこにありつづけている古民家は町の景色の一部として多くの人の記憶に残っています。現代の家の枠組みを超えて、家族以外の町の人が共有する木造施設としての展開の可能性も秘めているのではないでしょうか。そこで今回のセミナーでは古民家の改修事例を取り上げました。個人が所有する家という意味では相続、家族の中での価値観の違い等の様々な問題から、古民家は解体され静かに消えています。思い入れはあっても活かす方法がみつからず、そもそも誰に相談してよいかもわからず解体されたものも少なくないと思うのです。東住吉の古民家は明治30年前後、約130年前に建てられ、この度、本質的な課題解決を目指して改修されました。古い家も、元の空間のもつ意匠性を活かしながら耐震性や快適性をアップグレードできることを示すひとつの事例として見ていただけたら幸いです。

多くの人と共有する家

「古民家」と言われている家は地域の名もなき大工さんによって、気候風土や地域の文化に根差して経験に培われて建てられた民家です。東住吉の古民家の母屋を建てた家主は明治30年代に村長をしており、集落の中で一定の影響力のある人物だったようです。当時の周辺は農村で家は草屋根もあり、昭和の前半でも玄関戸が筵の家も多かったそうです。そういった状況で数十〜百単位のお皿の遺物からこの民家では冠婚葬祭の集まり、町内での集まりを行っていたことでしょう。多くの人が家を共有して使っていたとも言えます。このような古民家は、座敷を中心として建具を開閉することでつなぐことができる連続した和室が特徴的です。この東住吉の古民家も大黒柱を中心として田の字に和室がつながるプランです。古民家の改修の多くは現在の一世帯の家の機能、リビングダイニング、キッチン、水回り、個室をあてはめていくと面積が大きすぎることから減築されることが多いと思います。ですが、今回は母と次女世帯の住む実家に同居をのぞんだ長女世帯のために、80年間人が立ち入っていない廃墟同然に死んでいた2階の空間を、1家族分の居住空間として生き返らせるということを行っています。改修後は3世代が分散しながら同居し、いとこ同士が共に育っています。古民家は家であって家でなく、捉え方や住まい方を枠から少しはずれて考えた方がよいかもしれません。

長女世帯が暮らせるよう改修された2階の空間写真/平井美行

長女世帯が暮らせるよう改修された2階の空間

ハレの空間を保存、復元する耐震改修

改修前と改修後の写真です。一見すると何も変わっていないように見えたのであれば大成功です。1階の田の字につながる和室は元のハレの空間として保存、復元しながら耐震性を高めるということを行いました。

座敷(改修前)写真/平井美行

座敷(改修前)

座敷(改修後)写真/平井美行

座敷(改修後)

改修前も1階はお正月には多くの親族が集まり、またお葬式を自宅で行ったこともあり、みんなが集まる非日常的な場、ハレの空間として存在していました。阪神大震災が起きる直前にも一度改修されていましたが、当時は耐震改修の意識や技術も体系化されておらず、建具が閉まるようにいがんでいた床をとりあえずまっすぐにする改修は行われていたものの、根本的な構造的補強はされておらず、結果、再び建具が閉まらなくなり、田の字につながるはずの和室の回遊性は失われていました。改修前と「雰囲気を変えない」ということを念頭に置きながら、居ながら改修ができるように補強を計画していきました。

和室(改修後)写真/平井美行

和室(改修後)

4連中央引き分けの建具で、中央の2枚が開口になると連続する和室が見通せ、南側と北側の庭の緑が抜けるという景色がこの空間の持っている特長だということに気づきました。その景色が変わらないように耐力壁を分散して配置しています。田の字のプランがつながるという回遊性を取り戻したことにより、お正月に集まった子供たちはぐるぐると走り回っています。

和室から南側の庭を眺める(改修後)写真/平井美行

和室から南側の庭を眺める(改修後)

適材適所な温熱改修

2階の日常的な居住空間と1階の非日常的なハレの空間に求められる温熱性能は異なります。広い面積をすべて温熱改修することは経済的にも施工的にも現実的ではありません。1階は割り切って、もっとも熱的な弱点である南面と北面の庭に面した開口部の熱的補強を行っています。加えて構造補強の過程で隙間を詰めたり、床断熱を入れたり等、手を入れる部分については極力熱的補強を併せて行っています。対して2階は居住空間をぐるりと囲むように熱的境界を設定し、断熱材を付加しています。ホームズ君部分改修モードにおいて2階はUA値0.54という現代の性能レベルまでアップグレードしています。もともとの日射取得が抑えられた窓の構成と生かした既存の外壁の土壁の蓄熱効果によって、2階は上下温度差が3~4度に抑えられています。同じプランではないので単純な比較ができないことは前提として、UA値が近い蓄熱量の少ない一般的な木造で日射取得を大きくとった住宅と比較するとエアコンをつけない自然室温の状態では体感温度で40度を超え、上下温度差は7~8度となります。日射取得によって冬の快適性を向上させることはもちろん重要ですが、併せて夏の日射のコントロールについて十分に検討することが大切であることがわかります。また、既存の窓の大きさ、位置を踏襲することを基本としながら、天窓をつけて居住空間としての光環境の改善を行っています。

天窓のある2階リビング。日射コントロールを考えた窓の構成と外壁の土壁の蓄熱効果により、上下温度差が3〜4度に抑えられている写真/平井美行

天窓のある2階リビング。日射コントロールを考えた窓の構成と外壁の土壁の蓄熱効果により、上下温度差が3〜4度に抑えられている

2階は現代的なライフスタイルに合わせたリビング、ダイニング、キッチン、風呂、トイレの機能をレイアウトしています。水回りは更新性を考えてユニットバスやシステムキッチンを活用しながら、造作の立ち上がり壁等で意匠を調えています。また既存改修全般に言えることですが、建った時代よりも圧倒的に多くなった設備配管を通すルートやスペースの計画を検討して意匠的にも馴染ませることが空間を混沌とさせないために重要だと思います。

配管スペース

配管スペース

1階の階段付近。写真の左上の棹縁天井の裏に配管スペースを計画

1階の階段付近。写真の左上の棹縁天井の裏に配管スペースを計画

次の世代まで引き継ぐ

今回の改修では次の50年は小工事で済むように根本的な構造や温熱の改修を行ないました。古民家のもつ意匠性を生かすことは大事ですが、意匠だけでなく、性能の面での現代的なアップグレードをしないかぎり、世代を超えて本当の意味での建物の長寿命にはならないと考えています。安全性はもとより、光や熱といった居心地を支える環境要素をどのようにアップグレードするかは改修において大きなテーマであると思います。

また、この家が建った時代性に合わせて普遍的な素材に整えていくことを意識しています。時間が経ってもなくならない材料を使うことで130年からこの先の50年の時間がつながり、同様に直していくことができます。①既存の機能をそのままに使う、②敷地内の古材を違う形で活用する、③解体された別の古民家の建具を再利用する、④敷地内からでてきた古材を工務店に提供するなど敷地内から廃棄物を減らす、またマテリアルの循環を意図しています。①は例えば木のクルマで重くて開けにくかった蔵の扉を現代のベアリングの入ったクルマに変えて使い心地よく、再利用しています。②では2階の床板は表面を削って再び2階の床に貼り、1階天井現しとしています。蔵の床板も幅が合わないものはあえて切り揃えずに見切りを入れて再び床板としています。③工務店さんが別の解体された古民家から改修した建具に上下足して高さを調整して利用しています。また古材を譲ってもらい天窓の枠にして周辺の古板と馴染むようにしました。④では敷地内では使えなかったが活用できそうな古材は工務店さんに提供し、今回の天窓の枠のようにまたどこかの現場で使われることでしょう。

2階の建具は、解体した民家の建具を再利用。方法として、高さを1,900mmに調整され、引手や鍵を付けられている

2階の建具は、解体した民家の建具を再利用。方法として、高さを1,900mmに調整され、引手や鍵を付けられている

古民家改修の展開

古民家と言われる家は100年近くあり続け、その場所に人の一生よりも長く存在し、その地域の色を現す風景となっています。老朽化と経済、住み心地の悪さの問題で、多くの古民家や町家は解体されています。ついこの間まであった古い家が解体された後、その通りを通った時のなんとも言えない虚しさは、自分の心に刻まれた風景の記憶が失われることからではないでしょうか。時代を経てきた家はそれだけ多くの人の記憶に残っていると思います。個人が所有する家の場合、相続、家族の価値観の違い等の問題があり引き継ぐことは簡単ではありません。また古家つきの土地として不動産売買された後で活用されることも多くのハードルがあります。だとしても、その空間が持つ重層的な時間の感覚は二度と再現できないものです。その面積の大きさは一世帯の家としては大きすぎたとしても、大きいからこそ家以外の活用方法も大いに考えられると思うのです。そういう意味で町の資産として地域の工務店や設計者がそれぞれの地域で古民家を軸にコミュニティを盛り上げる施設や、観光資源として展開できる可能性を秘めいているのではないでしょうか。

蔵の2階の空間。改修され、次女世帯が用いるワークスペースとなった

蔵の2階の空間。改修され、次女世帯が用いるワークスペースとなった

もともとあった板を剥がして洗い、表面をけずり幅を調整して見切りを入れた

もともとあった板を剥がして洗い、表面をけずり幅を調整して見切りを入れた

木造施設協議会について