オピニオン
山から建築へつながる地域循環を(2)
山の現状と課題
話し手:株式会社山長商店 代表取締役会長 榎本長治
原木価格の下落
戦後に植林された木が今や、50年生以上となり、日本の山は成熟してきたにも関わらず日本の木が有効に使われていない、また無垢材で木造建築がつくられない、山が疲弊している、と言われています。その原因と、無垢材を使っていくことと山の経済が成り立つことは、どのように繋がっているかについて、設計者の意識、市場、木の使い方のさまざまな面から課題を捉えなければいけないということがわかってきました。 平成24(2012)年の山元立木価格は、スギが前年比8%減の2,600円/m3、ヒノキが19%減の6,856円/m3でした(*2)。ピーク時の昭和55(1980)年の価格と比べると、スギの価格はピーク時の11%、ヒノキの価格は同16%と大幅に値下がりしてしまい深刻な状況にあります。
立木価格の下落は輸入材との競合、労賃の上昇、出材コストがかかってきた、乾燥材しか流通しなくなったことによる乾燥コストがかかることが原因であるといえます。
榎本:
“山林所有者は木を伐って立木を売って再造林木して、間伐、下草刈りして手入れして50年育てる、そうやって山を循環させることが、持続可能な林業なわけです。しかし今、その輪が切れかかっているという状況です。木に対する社会の関心が高まってきていますが、関心の高まりに比例して山の方は疲弊しているというのが現状なんですね。“
無垢材を利用することが山を循環させる
木材の品質は数段階に分かれています。どのように木材を使っていくことが山の循環につながるのか、集成材と無垢材の違いや流通について現状のお話しを伺います。 集成材はラミナと呼ばれる断面の小さい板に加工し、接着剤によって再構成して更に削ってつくられる建材です。品質の安定性という意味では無垢材と比較してクレームが少なく、また方向性がないため自動化したプレカットでも、「木を読む」必要がなく手間がかからない材料です。では集成材の利用によって林業がうまく成り立つのでしょうか。
榎本:
“加工した集成材と無垢材とでは現場の人はわかると思うのだけでもさして値は変わりませんよね。集成材の歩留まりは30%台、無垢材では50%近い40%台になるんです。歩留まりが高いということはそれだけ高く原木を買えるというわけだけれども、集成材のラミナはすごく安いんです。だからかなり自動化して大量につくらないとコストが合わない。丸太の等級はA材、B材、C材とあってA材はそのまま製材して製品になるものになるもの、B材はどこか曲がりや傷の欠点があるもの、C材は欠点の多いもの、BやCといったのが集成材の原料になるんです。集成材の利用は資源の有効利用というえばそうなんだけどA材が12000円/㎥以上、B材が10000円/㎥前後、C材が8000 円/㎥程度という価格になってくる。山からの出材コストは和歌山県では8000円程度ですから、差し引くと、山に返すという意味でA材を利用してもらうということが今の苦しい林業において一番大事です。使う側からすると集成材でも無垢材でもどちらを使ってもコストは変わらないわけですから、できるんなら無垢材を使ってほしいですね。建築をやっている人も設計をやっている人も無垢材のことを十分わかっていない、使い手、一般の市民はもちろんわかっていないんですよね。“
上記グラフでは生産量自体は増加傾向にあることがわかります。「山に返す」力が一番強い無垢材は需要が減り値段は下がっている、一方で住宅着工数が下がっているが合板の利用の拡大、バイオマスの利用の拡大等による低等級材の利用は増加しているというのが現状です。なぜ無垢材が使われなくなってしまったのでしょうか。ライフスタイルを含めた建築の変化と法規のふたつの要因を榎本会長は指摘します。
榎本:
“住宅建築に日本間がなくなってしまった。今は一軒に一室あればよいところ、床の間もなくなる。日本間があれば柱、敷居、長押という表に木が出てくる部分に良い木を要求されてきたのですが使い道がなくなってきました。みんな大壁になって材が出なくなりました。育林技術を使って、きれいな材を提供してきた紀伊半島は大きく影響を受けています。乾燥の問題を言われだしたのは15年前のことです。住宅の品確法ができて10年間工務店が保証しなければいけなくなった段階で、無垢材を使っていた工務店が集成材に切り替わりました。集成材が普及してから建築はプレカットが主流になりました。加工した後の安定性、扱いやすさで言えば集成材の方がよいのです。無垢だと柱は元末、逆さに使うのは逆さ柱といって嫌がるし、梁でいうとユバリを上にしなければなりません。無垢材で必要となる材を見る目をもって本来プレカットもしなくちゃいかんわけだけれども、オール自動化の流れで集成材は世話がないし、クレームが少ないのです。”
無垢材、特に乾燥しにくいスギについては乾燥の問題が指摘されたのですが、背割りなしの乾燥技術が発明されました。方向ごとの収縮率の違いで必ず割れる木の性質に対し、ドライングセットで応力を閉じ込める背割りなしの乾燥方法ができ、技術で乗り越えてきました。実際にその高い強度があったとしても、含水率20%以下、かつE(ヤング係数)50以上を満たす機械等級区分によるJAS認定製品でなければ、構造計算の際に、そのヤング係数に対応した強度数値を使うことができません。径級の太い材から一番、材の価値をもって落とせるのは平角をとることです。強度が高く年輪幅の細かい紀州材、特に杉の平角材については乾燥が非常に難しく、含水率20%以下に仕上げることは至難の業です。 そのため、せっかく高い強度を持つ紀州材の性能が十分に活かされない状態が続いていました。「杉平角材でのJAS認定商品」を目指して、山長商店では乾燥研究・開発を長年にわたって進めてきた結果、最新鋭の乾燥システムである高温蒸気式減圧乾燥機を導入して乾燥の問題に対処してきました。
榎本:
“しかし相変わらずスギ・ヒノキの無垢材は押されています。梁材ではベイマツが押してきて、ベイマツも今や集成材に替わってきています。一方で日本の森も戦後植林して60年生で非常に太い材が増えてきているんですね。”
量は増えても山は生き返らない
建築の現場では国産材の合板がよく利用されるようになりました。木質バイオマス発電所も全国に増え、木材の使用量が増えている地域もあり、一見、山にとっては良い循環が生まれているのではないか、と思います。しかし現実は「量が増えればよい」という単純なものではないということを指摘されます。
榎本:
“九州は無垢梁材が使われていることが多いです。地域性によるもので、九州は木の成長が早い、地形がなだらかなので林道をつくって間伐も皆伐も大きな機械を入れて伐出コストを下げられるんです。そういう意味で九州はここ10年くらいで林業の合理化が進みましたよね。宮崎は伐採量が増えてそれによって再造林が問題になりかけています。木の利用という意味では、ひとつはバイオマス発電が全国各地で展開されるようになりました。採算がとれる最低基準は5000kWと言われています。年間バイオマス消費量は60,000tが必要と言われています。グリーン材という乾燥していない材では1t=1㎥ですから乾燥している材でいうと80,000㎥程度の材料を年間燃やすわけです。宮崎はバイオマス発電所が集中しています。伐採量が200万㎥くらいあります。 (関連:『バイオマス白書2015 木質バイオマス発電の拡大と森林の持続可能な利用』http://www.npobin.net/hakusho/2015/topix_03.html) バイオマス発電所によって下材と言われるC、D材の価格が上がっているんですよね。昔だったら4000円くらいだったのが7500円/㎥くらいになっている。山に置かれているのも出材して原料になっているのもあるんだけれども、建築に使えるものも区分するよりも燃やしている状況です。選別してもA材は安いし、手間かけるよりもバイオマスで利用したほうが良いというような状況に近いことも起きかけているわけです。
量の話ではバイオマスの他に合板もあります。スギ、ヒノキの安い部分を使って合板にする。昔はソ連からカラマツを輸入していましたが、関税が高くなるということで日本のスギやヒノキ、カラマツを使っているんです。カラマツは無垢で使うとねじれるので重宝されていなかったんですが、比重が高く、強度が高いんで今や構造用合板として使えるのでスギ並材よりカラマツの方が高値になっているということだそうです。今多いのは、スギが芯材で表面がカラマツやヒノキの合板です。400万㎥/年くらいになっているかな、かなりの量が合板になっています。合板やバイオマスで使用量を増やすという意味では大きく貢献して、下級材に対する国の政策は補助金等という形でうまくいっている。ところがA材対策は手つかずです。”
また、傾斜のきつい山地によって上質な材を出してきた紀州にとって、その山地条件ゆえに九州のように合理化できない価格の厳しさがあるそうです。
榎本:
“一括でゼネコンがとった仕事は材木屋の窓口がほとんど固定されていてそこに納めることになり、子請け孫請けになるので、まず半値くらいに値切られます。発注の段階で地域材条件、例えば「紀州材」と指定されていれば、まだこちらは交渉の余地がありますが、なければ全国から安いのを入れるということになります。紀州は山地条件が悪くて効率化できず価格が落とせないから、そういった条件の時に非常に厳しいというのが現状です。”
『Muku First』
榎本さんも委員である林政審議会で議論され、これから5年間の林業の政策の方向性が去年6月の森林・林業基本計画という形で発表されました。 (関連:『森林・林業基本計画』http://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/plan/) しかし先述のように利用量が増えるだけでは経済として山に返らない、A材、無垢材対策をしなければ日本の山は生き返らないと審議会で榎本会長は伝えてこられたそうです。
榎本:
“A材の必要性、無垢材の振興がないと下材の利用では本当の意味で山は生き返らない。「国産材利用率50%」とよく言われています。でもA材がきちんと利用されてそれなりの価格で取引されて、山に返ってそして再投資するという、従来からの林業の流れが確保できないといけない。「Wood First」と建築をつくるならまず木造でできないか考えましょうよと、と言っていますが、私はそれなら無垢材でつくりましょうよ、と「Muku First」を普及すべきじゃないかと思っております。紀州林業懇話会と知事の懇談会で和歌山県は発注基準に無垢材利用を入れました。無垢材で適当でないものもありますし、そういうものは仕方ないですが、無垢でできるものは無垢でやるという方向性を、全国に先駆けて和歌山県が踏み込んだというわけなんです。”
取材日:2017年3月24日 聞き手:藤村 真喜 撮影:伊藤 夕歩