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子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(4)
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子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(4)

地域の木材を活用した保育・福祉施設と健康を考えるセミナーin東京 でのご講演より

子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(4)

話し手:常葉大学保育学部 講師 村上博文

子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(4)

第4回では、環境が子どもの行為、遊びに与える影響と保育者のかかわりの変化についてフィールドワークに基づいたお話です。大人の思い込みを覆す、空間のスケールの大切さがわかる大変興味深い内容です。

空間が変わると遊びが変わる、保育が変わる

これまで保育環境には3つの層、すなわち環境条件、環境構成、環境共創があり、とりわけ第1と第2の層について中心に話をしてきました。ここからは、私が共同研究で0歳児室をフィールドに行ってきた研究を紹介します。研究のテーマは、保育室の環境要因のひとつである空間構成に焦点をあてています。これから具体的に、クラスの概要、保育室における空間構成の変化、それに伴う子どもの遊びと保育者の子どもへのかかわりの変化について述べていきます。

3枚の写真は、0歳児高月齢の保育室になります。調査したのは午睡が終わっておやつを食べた後、子どもたちが自由に遊ぶ時間です。この時間は、保育者にとって1日の疲れが出てくる時間帯でもあります。1番左の写真が部屋の空間構成を変える前の様子です。部屋は単一の空間で、保育者は部屋のどこにいても子どもの様子を伺うことができます。例えば子どもの間でいざこざがあったときなど、保育者はすぐに子どものもとに駆け寄ることができます。保育室の空間構成について振り返るために、保育者はクラスの様子をビデオカメラで撮影しました。ビデオを見ながらクラスの保育者が検討した結果、第1ステージには部屋の一角に自ら作ったテーブルと椅子を置くことにしました。また第2ステージ(1月)には、動的遊びのコーナーと静的遊びのコーナーに分け、さらに隠れ家的空間をつくるなど、部屋をいくつかの遊び空間に仕切りました。

設えによって変化した子どもの遊び方

このように保育室の空間構成を変えていきましたが、実際に子どもの遊びはどうように変わっていったのでしょうか。それを、図表を紹介しながら説明していきます。まず、S児(男1歳4ヶ月)の様子です。S児は保育者によると活発な子どもです。
大きな丸は、その場所に1分以上とどまって遊んでいたことを示します。小さい丸が1分未満です。赤と青は調査日の1日目と2日目を表しています。線は子どもの動きを表す動線です。変更前の写真を見ると、線がたくさん描かれていることがわかります。30分間、S君が部屋中を動き回っていることがわかります。この場合、保育者は動き回っているS児を、ずっと追うことになり、保育者にとっては大変なことです。
第1ステージになると、大きな丸が増えてきます。つまり、子どもが1つの場所でじっくり遊び始めたので、保育士はその姿をじっくり見ることになりました。そして第2ステージになると、大きな丸の数がさらに増えています。またS児の動線も減っています。この結果からいえることは、お部屋の環境構成として空間を仕切って、いくつかのコーナーを作ることが、子どもたちが落ち着き、集中して遊ぶようになることに影響しているということです。それはS児だけでなくて、同時に調べたA児についても同様です。

活発でずっと動き回っていたS児が、空間を仕切りコーナーをつくることで落ち着いて集中して遊ぶようになった。

活発でずっと動き回っていたS児が、空間を仕切りコーナーをつくることで落ち着いて集中して遊ぶようになった。

S児よりも動き回りが少ないA児についてもS児と同様、コーナーをつくることで動き回りが少なくなった。

S児よりも動き回りが少ないA児についてもS児と同様、コーナーをつくることで動き回りが少なくなった。

「ダメ」「危ない」の保育から「面白いね」「楽しいね」の保育へ

次に、保育室における空間構成の変化は保育者の子どもへのかかわりに対してどんな影響を与えたのでしょうか。それを示しているのが、次のグラフです。S児に対して、クラスの保育者(4名)のかかわりを種類別にカウントしたものです。
青い線が変更前です。緑の点線が第1ステージ、赤い線が第2ステージになります。すぐに見てわかるのが、保育者のS児に対する「注意、禁止、命令」のかかわり、すなわち「ダメ」とか「危ない」といった言葉の減少です。変更前は30分あたり10.6回、S児に投げかけています。それが第2ステージになると6.3回に減っています。4回減っていますので1週間は5日間として20回、1カ月は4週間として80回です。S児に対して保育者が投げかける「注意、禁止、命令」の言葉が1ヵ月で80回減ったことになるのです。午睡後の自由遊びの30分間だけです。もしかしたら、毎日の園生活の中で、子どもたちは相当な回数、保育者からの否定的な言葉にさらされている現実が伺えます。それ以外に、保育者のS児へのかかわりとして多かったのは「支援」です。変更前に比べると、第2ステージでは約6回増えています。
さらに「共感、同調、共同」については、変更前は1回ですが、第2ステージでは14.1回に増えています。つまり、変更前、保育者はほとんど子どもと遊んだり、一緒に味わったりするということもなかったことを物語っています。それが1回から14回に増えたということは保育者が子どもと一緒に「面白いね」「不思議だね」などと言葉をかけるような、そういう共に楽しむ保育、かかわり方に変わったことを意味しています。

「ダメ」、「危ない」という声掛けが「面白いね」「不思議だね」に変わる。子どもと共に楽しむ保育、関わり方に変化。

「ダメ」、「危ない」という声掛けが「面白いね」「不思議だね」に変わる。子どもと共に楽しむ保育、関わり方に変化。

同時に調べたA児についての保育者のかかわり方です。保育者によれば、S児ほど活発ではない子どもです。A児に対するかかわりが少ないですけれども、保育者の関わりは「共感」「支援」が増えています。A児とS児を比べると、A児に特徴的なのは「提供」が減ったことです。S児よりA児は活発ではないがゆえに、保育者がおもちゃを渡したりする「提供」の機会が多くなっています。ちなみに、変更前は13.2回でした。それが第2ステージになると0.7回に減っています。これらの結果から、A児が保育者によるおもちゃの提供のではなく、自分で遊び始め、それに保育者が共感し始めたということが見て取れます。S児とA児のデータを見てきましたが、保育室にコーナーを設えたり、隠れ家をつくったりするなどで、子どもの遊ぶ姿が変わっってくることを意味しています。

空間のつくり方によって保育者が楽に、楽しく、意欲的に

実際に、第2ステージに入ってしばらくして、クラスの保育者に様子を聞いたところ、「すごく保育が楽になった」と語っていました。また「子どもが遊んでいる姿が見えるようになって、その姿を見るのが楽しい」とも話していました。保育室の環境をちょっとした工夫で改善することによって保育が変わってくる、また保育者の子どもへのかかわりも今までとは違ってくる、それが明らかになった調査でした。このクラスの保育者は、保育環境を考えることの大切さを身にしみて感じ、翌年は音環境に着目していきたいと意欲的な姿を見せてくれました。

会場・協力:まつぼっくり保育園(運営:社会福祉法人 松栄福祉会)

写真:村上 博文先生提供

文責:木造施設協議会事務局

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