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子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(5)
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子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(5)

地域の木材を活用した保育・福祉施設と健康を考えるセミナーin東京 でのご講演より

子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(5)

話し手:常葉大学保育学部 講師 村上博文

子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(5)

最終回、第5回は保育園で子どもや保育者が80dBを超える騒がしいの環境にあること、オープンスペースによる部屋外からの音漏れの実態、建築的工夫の必要、音と集中の関係について音環境を軸にしたお話です。最後は保育園を更新する機会は、そこで行う理想の保育を見直す絶好の機会、保育者と第三者である研究者や建築関係がお互い知恵を出してコラボレーションする展開についてのお話で締めくくっていただきました。

騒がしさとストレス、聴覚に与える影響

保育室の環境条件のひとつである音環境についてふれておきましょう。先ほど少し述べましたが、日本では保育環境について音に関する基準がありません。スウェーデンでは、保育室は35dBが基準になっています。これは、驚くことに図書室よりも静かな音環境です。日本の保育園等では元気よく朝の会で歌を唱っているイメージが強く、そうした静かな音環境は想像しにくいのが実際です。おそらく、子どもたちが歌っている朝の会では80㏈を越えています。スウェーデンと比べると倍以上の音環境で、子どもたちが毎日過ごすことになります。言い過ぎかもしれませんが、騒音環境の中で子どもたちが毎日生活をしているともいえます。そうした生活を送っていたら、難聴になる子どもや保育者が出てくる危険性があります。実際に、耳鼻科の先生に聞いたところ、難聴気味の保育者も少なくないと言っていました。

天井の高さと音の問題

また音環境の視点で考える必要があるのが天井の高さです。園舎を建て替えた園長から、天井が高くて音が響きすぎるという話をよく聞きます。最近でいえば、昨年の8月、園舎を建て替えた島根県の園長から、同様の話を聞きました。「高い天井に憧れてホールの天井を高くしたが、うるさくてうるさくてたまらない、できてしまった今としては今後どうしたらいいんでしょうか」と、園長は頭を抱えていました。天井が高いことが必ずしも悪いわけではないと思いますが、音が響く対策をしっかり考える必要があります。ある園では、天井の裏に吸音材を入れるなどして、音対策をしているようです。小学校で、2—30年前に流行した、オープンスペースも同様に音の問題を抱えています。

オープンスペースによる部屋内外の音漏れ

話が少し逸れてしまいましたが、先ほどの園における音環境に対する取り組みに話を戻しましょう。写真をご覧いただくとわかりますが、左側の写真が変更前(6月)になります。床の一部にカーペットを敷かれていますが、基本的に床はフローリングになっています。そして、真ん中の写真が第1ステージ(9月)、右側の写真が第2ステージ(2月)の保育室になります。
変更前、クラスの保育者が気づいたのは、床がフローリングであるがゆえに、プラスチックのおもちゃが床に落ちる音に対する不快感でした。それゆえに、このクラスでは、プラスチックのおもちゃが床に落ちても音が響かないようにするにはどうしたらよいか、それが課題になりました。

実際に保育室に騒音計を置いて、80dBを超えるときの音を録音しました。80㏈の音が発生した場所を記したのが、以下の図になります。〇が子どもの声、△が保育者の声、□がその他(おもちゃ等)です。その他の多くは、床にプラスチックのおもちゃが落ちる音です。全体的にみると、〇の数、すなわち子どもの声が多くなっています。とりわけ問題なのは、保育室内ではなくて保育室外から漏れている音です。外から入ってきた子どもの声は、隣の部屋もしくは廊下から流れ込んできたものです。保育室の入り口側が棚だけでオープンになっており、廊下から保育室の中へ音が漏れる状態になっています。
この状態では、子どもが集中して遊びに向かうような保育をしたいと願っていても、実現が厳しい状況です。このクラスでは、パーテーションなど、いくつかアイデアが出されましたが、実現には至りませんでした。この点にも、建築関係者の知恵が求められるところです。

また次の表は、各ステージにおいて80㏈を越えた音の数を、コーナー別に表したものです。
注目したいのは、先ほども述べましたが、室外から聞こえてくる80㏈を越える音が事前16.5回、第1ステージ32.0回、第2ステージ35.0回あるという点です。保育室内で子どもたちが楽しく遊んでいて80dBを超える音が発生しているのならばまだよいのですが、保育室の外から室内に音が漏れてくる状況は、やはり問題とする必要があります。

保育室で80dB以上の音が発生した場所と回数の表

保育室で80dB以上の音が発生した場所と回数の表

子どもの集中を妨げる音

さらに、音環境と遊びにおける集中との関係です。子どもが本当に集中して遊んでいるときは多少の音が聞こえてきても気づきません。しかし、遊び始めるとき、これから集中する前に、まわりから音が聞こえてくると、注意が音の方向に向かってしまいます。それは子どもの視線が遊具等から逸れるという状況になります。そうした状況がどれくらいあるのかについて、実際に10人の子どもを30分間、観察してみました。その結果が,次のグラフです。変更前は109回であるのに対して、第1ステージでは71回、そして第2ステージでは52回に減っていきます。音によって視線が逸れる回数が減ったことは、単純に子どもが遊びに集中することに良い影響を与えている可能性があるのではないでしょうか。

後半のステージに行くほど子どもの視線がそれる回数が減って集中している状態に

後半のステージに行くほど子どもの視線がそれる回数が減って集中している状態に

保育環境の共創−子どもとともに−

音環境については、もう少し述べたいのですが時間があまりありませんので、次の話に移らせていただきます。
一番最初に、今、保育が大きく変わりつつあると言いました。一言で言うと、保育者主導の保育から子ども「主体的、対話的、深い学び」のある保育が目指されるようになってきています。
そのひとつに、「プロジェクト保育」または「テーマ保育」と言われるものがあります。前者はイタリアのレッジョ・エミリア、後者はその影響を受けたスウェーデンで展開されている保育です。例えばプロジェクト保育では、保育室に様々なコーナーがつくられます。コーナーは固定化したものではなく、子どもの興味・関心によって変わっていきます。例えば子どもたちが海賊に関心があれば、海賊船を作るコーナーができます。また海賊船の本が、絵本コーナーに登場します。さらにごっこ遊びのコーナーでは、海賊船の船長になってごっこ遊びをするコーナーができます。このように、海賊船という子どもの興味・関心に基づく活動の展開によって保育室全体が変化していきます。しかも、クラスによって子どもの興味・関心は異なるので、各部屋の様相も変わってきます。
先ほど紹介しました仁慈保幼園では、そのような保育が展開されています。部屋の中に入ると、いろいろなコーナーがありますが、子どもの今の興味・関心、今夢中になっている活動、さらに今までの活動の過程がわかります。それらが、記録(ドキュメンテーション)、クラス便りのようなものとして、入口等に掲示されています。

保育環境づくりのコラボレーション

これまでいろいろと述べてきましたが、園舎づくり、保育づくりという点で、私たちに何ができるのかについて述べたいと思います。
まず、私は保育者養成校の大学で教員であると同時に、保育に関する研究者でもあります。園長をはじめ各園の保育者は、きっとこんな保育をしたい、こんな子どもを育てたいという願いがあるはずです。その願いを叶えるために、ハードとしてどのような園舎をつくっていけばよいのか、それを考えることが保育研究者だけでなく、建築士の方々の責任になります。また園にとっては、園舎をつくるときは自らの保育を見直す機会になります。園においては、見直しを園内だけにとどまらず、建築士や研究者による視点を取り入れながら行ってほしいと考えています。園内だけでは気づかないような、様々な気づきや常識の問い直し、斬新なアイデアに出会う機会になるからです。それが、園にとっては自らの保育をさらに振り返る機会になっていきます。

理想の保育を掘り下げ、実現するための常識に捉われない園舎づくりを目指して

外側からの視点が重要であることについては、昨年出会った愛知県にあるレイモンド庄中保育園[i]からも学びました。中村幸平園長は、実は園長になる前はホテルに勤めていました。それゆえに保育の世界に入っても、保育のことがわかりません。しかしわからないことが、実は保育の世界を新鮮な感覚や気持ちでみつめることになっていました。
例えば、保育室の色使いや騒がしさは異常ではないかと、中村園長は思ったそうです。ホテルの世界では、お客さんに居心地良く過ごしてほしいと考えています。その意味では、保育も変わらないはずなのに、保育環境にとても疑問を感じたようです。やはり、保育の世界に浸ることによって、保育の常識を常識として信じ込み、疑うことがなくなっているのではないかと、中村園長は危機感を覚えたようです。中村園長が感じた違和感、園舎づくりにあたっても、そうした視点が大切になると考えています。その役割を果たすのが、ただ園舎という建物をつくるのではなく、園が理想とする保育を実現するための園舎をつくる、そのために関係者がコラボレーションする。そんな関係が園を中心につくることができたら素敵であると思っています。ご清聴ありがとうございました。

[i]http://www.lemonkai.or.jp/project/

会場・協力:まつぼっくり保育園(運営:社会福祉法人 松栄福祉会)

写真:村上 博文先生提供

文責:木造施設協議会事務局

木造施設協議会について