オピニオン
子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(2)
地域の木材を活用した保育・福祉施設と健康を考えるセミナーin東京 でのご講演より
話し手:常葉大学保育学部 講師 村上博文
第2回では子どもの興味関心と保育室のつくり方の紹介から、保育環境のデザインという視点で子どもとは、保育環境とは何なのか考えます。子どもは遊んでいるだけでなく、身近な世界を触って感じて学び表現して他者と共有する存在。だからこそ、保育環境をどのように考えるかは大切であり、また保育環境を子どもと共に保育者も主役となれる居心地の良いものとするという視点は新鮮さを覚えます。また地域のコミュニティの核の施設になっている保育園の事例を紹介いただきます。
子どもの興味・関心がみえる保育室
次に、園庭から保育室に注目します。こちらの写真は東京都世田谷区にある世田谷仁慈保幼園の0歳児室です。この4月に開園したばかりの保育園です。生活や遊びによって、保育室の空間が仕切られています。
次の写真は、同系列の園である鳥取県米子市内にある仁慈保幼園[i]の3−5歳児室です。この園では、幼児クラスは3歳から5歳の異年齢保育になっています。
[i] http://jinji.hoikuen.to/
保育室をみると、子どもたちのワンダーランドのような感じで、保育室に入るとワクワクします。異年齢クラスの保育室を見ると、子どもたちの興味・関心がわかります。棚の上には帆船の本があります。これは、子どもたちが今、帆船に関心を持っていることを意味します。左側をみると、子どもたちが今まさに作っている海賊船があります。帆船から子どもの興味・関心が発展し、子どもたちが今、海賊船を作ることに夢中になっていることがわかります。保育室に入った瞬間に、子どもたちが夢中になって活動している姿が浮かんでくる保育室です。乳児と幼児の保育室をみると、当然ではありますが、雰囲気の違いがわかるかと思います。しかし共通しているのは、子どもが興味・関心をもっているものを保育室内に置いたり、活動してきた作品などを掲示したりしている点です。
もう1つ、違った雰囲気の保育室の写真をお見せします。これは東京都にある、茶々そしがやこうえん保育園です。同様に3−5歳児室ですが、部屋のトーンは白が基調になっています。保育室の環境は、園によって違っています。その意味では、各園の保育環境をみていくのはとても興味深いことです。
保育環境のデザイン
少し前置きが長くなってしまいましたが、それでは、これから保育環境をデザインするうえでの大切となる保育思想、保育環境のデザイン、そして保育環境の共創という3つのことについて述べていきます。そのなかでも、今回、お話しの中心となるのは保育環境のデザインついてです。
子どもとは身近な世界のひと・もの・ことと出会い、興味関心を持ち、身体全体で関わりながら感じて学んだことを、他者に向かって表現する存在
昨年、「保育所保育指針」や「幼稚園教育要領」、そして「認定こども園教育・保育要領」が改定(改訂)されました。それにともない、保育の世界もこれまで以上に、大きく変わろうとしています。建築関係の方々にも、ぜひ保育の世界がこれからどのように変わっていくのかについて関心を寄せてほしいと思っています。その意味で、これを機会に、保育所保育指針等を読まれ、これからの保育の方向性を見据えて、園舎づくりをしていただけたらよいのではないかと思っています。
まず、子どもという存在をどのように捉えるのかについて、みなさんに考えてほしいです。例えば、子どもという存在について、次のように捉えることができます。子どもとは、身近な世界に存在するひと・もの・ことに出会い、それらに興味・関心をもち、身体全体でかかわりながら感じ、学んだことを、他者に向かって表現していく。それによって、自らの経験を他者と共有していく存在が、子どもであると。したがって保育園等は、子どもたちがそういった経験を十分に実現できるように、園庭や保育室における環境づくりをしていく必要があります。
ご存知の方もいるかと思いますけれども、子どもの権利条約(1989)の中では「子どもの最善の利益」という言葉が出ています。この言葉は、保育園等には子どもが生活するうえで、また子どもの育ちにとって最善のものを準備する必要があることを意味しています。例えば、保育室の天井の高さに目を向けてみましょう。天井の高さは、子どもと大人とでは高さに対する印象は違います。子どもにとって適切な高さとはどれくらいなのか、子どもにとって落ち着く天井の高さとはどれぐらいであるのか、天井は一例ですが、そうしたことを子どもの立場に立って考えていく必要があります。このホールには天蓋が吊されています。それは、子どもにとって天井の高さを考えて、吊されたものです。より厳密にいえば、3、4、5歳にとって、天蓋を使った天井の高さもこれでよいのか、これから丁寧に検討していく必要があります。それは、詳細は述べませんが、音環境についても同様です。
保育施設とは子どもが生活し、遊び、そして学ぶ場
次に、保育施設とはいかなる場所であるのかという問いになります。まず、保育施設は「子どもが生活し、遊び、そして学ぶ場」です。保育施設は、家庭的な雰囲気の中で、子どもたちが単に遊ぶ場所ではなく、遊びを通じて様々なことを学んでいく場です。保育に対しては、今でも子どもを預かる場所、そこで遊ばせるというイメージがあります。日本の保育は、ヨーロッパの国々に比べて、20年近く遅れていると言う研究者もいます。
また保育者の給与は、小学校教員の2/3であり、保育職に対する社会的ステータスも低いのが現実です。保育をめぐる状況は厳しいのですが、保育施設で子どもたちはただ遊んでいるだけではありません。そこで、子どもたちは遊びながら様々なことを学んでいます。写真を見てください。これは0歳の赤ちゃんが指でカーペットを触っている場面です。赤ちゃんは触って遊んでいるのではなく、素材の感触を楽しみながら素材の違いを一つひとつ確かめています。言い換えるならば、赤ちゃんは自分の身近な世界について、つねに学んでいるのです。そのように赤ちゃんの行為を理解するならば、部屋の中に、赤ちゃんが興味をもつような感触が違う素材をたくさん用意することが重要だとわかります。きっと赤ちゃんはそれらを1つひとつに対して、「これってどんな手触りなんだろうか」と楽しむことでしょう。
保育施設は子どもとともに保育者が主役となる場
また保育施設は、子どもだけでなく「子どもとともに保育者が主役となる場」です。保育園は子どもを保育するための場所であるという発想になりがちです。そうすると保育園では、子どもが主役で、保育者は脇役という関係になってしまいます。しかし保育施設は、保育者もまた子どもたちと一緒に生活する場です。したがって、保育施設は保育者にとっても居心地良よく生活できる場所にならなければなりません。そのことに気づかせてくれたのが、京都大学の名誉教授である鯨岡峻先生です。以前、鯨岡先生にインタビューする機会があり、その時に「保育では保育者も主役で、保育者も子どもと一緒にこの空間で楽しい、そういう場にしていくことが大切である」と鯨岡先生は話されていました。園舎を設計するにあたり、そうした視点もまた必要になるでしょう。
さらに保育施設は、「地域、住民に開かれ、子ミュニティの中心となる場」です。こうした考え方は、先ほど紹介した千葉県にある和光保育園の鈴木眞廣園長に教えていただきました。コミュニティの「コ」が「子」になっています。そこには、子どもを中心としたまちづくり、保育施設を核にして地域のコミュニティがつくられ、保護者、地域の方々が園に足を運び、かかわりあう場所になっていく、そうした考え方があります。また次の写真は、2014年秋に「まちの保育園 六本木分園」の軒下に開店したカフェ「まちの本とサンドイッチ」です。「食は広く人をつなぎ、本は深く人をつなぐ」という言葉のもと、保育園と地域をつなぐ中間領域として、地域に根ざした・地域の方がつながりあえるお店を目指しています。また和光保育園では、11月に、地域の人々を巻き込み、誰もが楽しめるバザールを開催しています。いずれも、地域にある園、そんな考え方を大切にしています。
地域に開かれた園舎づくりの知恵
地域に根づいた施設、そんな園になるためには、園舎づくりにも様々な工夫が求められます。例えば、東京都にある親愛保育園では、園舎を建て替えた際に、園舎のまわりに塀を作ったそうです。そうしたら、これまで園を訪れていた地域の住民から「保育園に行きづらくなった」という不満が寄せられたそうです。今日では、不審者などに対する防犯上の問題も考えなくてはならず、塀をつくるのはやむを得なかったのかもしれません。だからこそ、J.J.ギブソンがアフォーダンス[i]という概念を借りるならば、地域に住む人々が入りやすい、入りたくなる、地域に開かれた園舎づくりの知恵が求められます。
[i] ジェームズ・ギブソンはアメリカの知覚心理学者。社会的・物理的環境が人の知覚・行動に与える影響(アフォーダンス)を明らかにし、まわりの環境が発達に密接に関係していることを指摘した。
会場・協力:まつぼっくり保育園(運営:社会福祉法人 松栄福祉会)
写真:村上 博文先生提供
文責:木造施設協議会事務局