インタビュー

WoodInterview
(2)子どもの耳と環境
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インタビュー

(2)子どもの耳と環境

子どもの聞こえ方と環境の視点から

(2)子どもの耳と環境

話し手:埼玉大学名誉教授 志村洋子氏 / 建築家 袴田喜夫氏

(2)子どもの耳と環境

第2回目は音を軸として、建物の環境とその中で行われる保育方針とのミスマッチ、国の基準について、そもそも子どもの聞こえ方と大人の聞こえ方との違いについてお話しいただきました。私たちは違いを知らないまま、大人の感覚や管理目線で環境をつくっていることもあるのではないでしょうか?

保育の文化と建物と空間のミスマッチ

―先ほど音の環境基準がないというお話を伺いましたが、どのように空間をつくればどういう音になるかということを学ぶきっかけづくりや伝えることについて教えてください。


志村:
学んでいただくためのきっかけづくりというのはなかなか難しい現状です。なぜかというと保育園も幼稚園も、それぞれ共に各々の園の個性がはっきりしていて、例えば公立の保育園も幼稚園も園長先生が変わると保育そのものが変わることがありますが、それ以外の要因ではほとんど保育のスタイルは変わらないです。良い表現ではないのですが、伝統がきちんと受け継がれており、保育所保育指針や幼稚園教育要領などの改定などによる変化はあっても、大きく変わることは少ないように思われます。

さらに、ずいぶん昔ですが厚労省の保育の担当部署に「音環境の改善について」の検討をお願いしに行ったこともありますが、保育現場での喧噪感に満ちた耳が痛くなるような保育室の状況をお話ししても、なかなか分かっていただけなくて・・・。日本の文化なのか、保育という営みでは、子どもたちが大きい声で返事をする、はっきりみんなに聞こえる声で話すということが大命題なのかもしれません。小学校に入ったら手を挙げて「はい!」と大きい声でみんなに聞えるように言わないといけない、大きい声で話すというのは日本人が子どもに求められている大きな期待であり、文化的に揺るがせないことなのではないかと思います。
ですが、それでもこの20年ほど前までは結構こうした状況での保育でも大丈夫だったのです。現在の保育室ほど高気密ではなかったからです。

古い保育室の天井はスカスカだったり、窓の立て付けが悪いこともあって風が入ってくる。つまり音はぬけぬけだからどうという事はなかったのです。それまでは1 クラス25から35人で活動していた。そこへ欧米で使われていたオープンスペース[i]が出てきてしまった。そうすると高気密高断熱な建物でオープンな空間となっていますので、どれだけ子どもたちの活動で生みだされる「音」が残響するのか分かりません。

幼児教育の文化、保育の文化を育んできた子どもの声や活動に伴った音量と、その入れ物である保育室の残響時間の状況がミスマッチになってきているのです。オープンな空間にするのであれば、何か音への対策を講じてほしいのです。さもないと子どもとじっくり何かを静かに話し合いながら進められる環境ではなく、保育者が先導し「こちらへいらっしゃい!」「はい!お弁当の時間ですよ!」と先導するために大声で言う保育になるんですね。そうするとウワッーと音が大きくなります。ここで申し上げたかったのは、現代の保育の文化と建物、空間がミスマッチな状況を何とか改善してもらいたいということです。



[i]教室を小単位で壁で仕切るのではなく、大空間を家具の配置などで緩やかにコーナー分けして使用するスタイル。20年ほど前から保育施設や小学校での導入が進められている。子どもの活動を自由に広げていけるなどのメリットもあるが、音環境問題、それに伴って集中が妨げられるなどのデメリットも挙げられている。

志村先生と橋本園長先生に設計経緯について説明する袴田先生

志村先生と橋本園長先生に設計経緯について説明する袴田先生

保育施設には音の環境基準がない

ー空気が漏れなくなるという事は音が漏れなくなるという事だと分かりました。空気と音は同じ話なんですね。


志村:
 このホールの窓を開け放して保育をして良いのであれば、たぶんそれほど保育室内には反響しないと思います。最近ではさらに、子どもの声が出て行くと近隣からうるさいといわれてダメだから、ということで窓の多くは開け放しにはできない。中にいる子どもが音量を変えないといけなくなりますよね。子どもの話し声の音量を動物の大きさにあてはめて、コントロールしなくてはいけないという、気の毒な状況になっています。「今はライオンさんはだめ」「クマさんはだめ」と言っていると、いつになったら大きい声を出してもいいのか? と子どももイライラするのではないでしょうか。「ウサギさん」「ネズミさん」「アリさん」とほとんど大きい声を出せないままで過ごすことになってしまいます。「今はアリさん」と言えば子どもはしゃべらないようにするんですよね。こうした声のコントロールする指導は先生だってやりたくないですよ。先生方も、いつでもそれぞれの子どもが好きなようにお話できることが大切と考えているのですが、現実にはなかなかそうはいかない環境になってきています。

このように音環境についてはとても困った状況である事は確かです。それは保育室の音に関する基準がないからといえましょう。学校環境衛生基準、労働安全基準には音の基準があります。しかし、欧州のような保育施設に特化した基準は日本にありません。日本では他の基準のなかで該当するものを探して保育施設はどのような環境に設定するかということを考えないといけないと思います。

保育園には適用されませんが、幼稚園は学校の範疇に入っているので学校環境衛生基準が適用されます。保育園と幼稚園は近年、子ども園化が進み変化してきましたが、その成り立ちが全然違うので、適用される基準も違います。学校には音楽室の基準がありますね。音楽室は残響時間の目安、例えば0.4秒、0.6秒までにして欲しいという記述がありますが、一方保育室はというと基準のないままつくられているので0.6秒という残響時間の保育室はめったにお目にかかれません。

対談風景

対談風景

子どもの聞こえは大人の聞こえと全く違う

袴田:
志村先生は僕の同窓で憧れの声楽科の先輩です。先ほど赤ちゃんが音を音楽としてどう認識しているということをおっしゃいましたが、建築や環境の規制は下限を決める方向じゃないですか。それに対して前向きな方策として赤ちゃんの音楽教育とか、良い音、良い音楽を聴かせるような発想で保育施設の音環境について考える可能性はありますか?


志村:
この室内の残響時間がどれだけあるかわからないですけれども、仮に2秒だとしますと、音楽をならすと2秒間残響することになります。(音楽に含まれる)いくつもの音が織り成す音の響きがきれいなまま聞えるのではなく、残響が重なって「雑音」に変化します。

つまり、音の連なり(メロディ)や重なり(和音)が明瞭に聞えなくなると言ってもいいかもしれません。音楽ホールはそうした響きを計算してつくられています。
子どもの耳について最近特に増えてきていますが、例えば、重なって聞こえてくる音では自分に必要な音を選択することがまだ十分にできないということがわかっています。重なっていなければいいんですけれども。乳児期ですと純音を右と左で違う音程で聴かせると一つ一つ違って聞いている反応が取れるのですが、そこにバックノイズを加えると聴き取りが出来なくなるんです。つまりバックノイズが入ると脳ではうまく処理できなくなってしまうのです[i]。

このように子どもは大人とは全然違う聞こえの力の持ち主だということを知っていると、「ジャジャジャジャーン」とオーケストラが鳴ったとしたら私たちはベートーベンの「運命」だと分かりますが、子ども達は「大きい凄い音がする、いっぱい音がする、何の音だろう」ということになり、どう聴けばいいんだろうということになります。保育の場でも、本当は先生の声が一番はっきり聴こえればいいのですが、ピアノの伴奏付きだとたくさんの音が鳴り、しかも間違った和音が入っていたりします。すると「アーイアイ♪」と歌っていても、どの音を聴けばいいか分からなくてとっても困ってしまう、そういう耳をしているのです。

重なった音をうまく聴けない子どもの耳

袴田:
建築の基本性能として残響時間が短くなれば解決するのですか?

志村:
ある程度はですね。残響によって重ならなければ不協和音にはなりません。袴田先生がおっしゃっているきれいな音、良い音楽というのは音が一つひとつ個別に聞こえてその動きがクリアに聴こえるものだと思いますが、音の周波数帯域(音の高さ)によっても異なるので、大人のように明瞭に聞こえないのが子どもの耳の特性でもあります。


[i]
・聴器のしくみは成人も子どももほぼ違いはないものの、幼児期の子どもでは、そのはたらきには成人に比べ未熟な部分があり、特に重なって聞こえてくる音では、まだ自分に必要な音を選択することができない。
【参考文献】
Coch D., Sanders L., & Neville H. (2005)
「An event-related potential study of selective auditory attention in children and adult.」
– Journal of Cognitive Neuroscience, 17-4, 605-622.

・両耳にそれぞれ異なった音を提示した場合、騒音がある状況では子どもは片方の音に注意を向けることができなかった。また多くの音の中から、一つの音を選択的に聴くことには、成人の聞こえと大きな差異があることが示されている。
【参考文献】
Werner L,, Leibold L., Seewald R., & Tharpe A. (2010)
「Auditory development in normal hearing children.」
– Comprehensive handbook of pediatric audiology, 63-82.

(イメージ写真)

(イメージ写真)

取材日:2018年6月7日 聞き手:藤村 真喜 撮影:伊藤 夕歩
協 力:社会福祉法人 松栄福祉会 まつぼっくり保育園

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