インタビュー

WoodInterview
(1)子どもの耳と環境
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インタビュー

(1)子どもの耳と環境

子どもの聞こえと子どもの空間の設計プロセス

(1)子どもの耳と環境

話し手:埼玉大学名誉教授 志村洋子氏 / 建築家 袴田喜夫氏

(1)子どもの耳と環境

長年、子どもがすごす保育室の音の環境について研究されてきた志村洋子先生と多数の保育園、幼稚園を設計されている建築家 袴田喜夫先生に、袴田先生が設計されたまつぼっくり保育園で対談をしていただきました。第1回は子どもの置かれている環境と聞こえについてのお話や、設計のプロセスでの園との関りについてお話いただきました。

赤ちゃんの聞こえとは?赤ちゃんにとって居心地よい環境は?

―音環境と幼児の発達の事について教えてください。


志村:
赤ちゃんは産まれてすぐから、よく耳が聴こえているということは皆さんわかってきていただいていると思います。その割にと言っては何なのですが、家庭の中でも、保育所や子どもを預かる場所でも音のことについて意識を持たれている方が少ないので、喧騒感のある場に子どもがいつでもいることがとても気になります。
気になることの一つ目はまず、赤ちゃんの聞こえのことです。最近研究が進んだ分野でまだ十分周知されていません。生まれたときからとても良い聴力を持っていますが、具体的な赤ちゃんの聞こえの発達過程はあまり知られていないのです。赤ちゃんの聴力は、私たち大人の聴力とは違うことが具体的にわかってきているので、そのことをまず知っていただきたいです。
二つ目は赤ちゃんの置かれている環境です。常にいるところの環境は、まずコミュニケーションがしやすいことが大切です。つまり、音や言葉、音楽が聴き取り易いことが必要です。言葉ならば、音声の「明瞭度」、はっきり聴き取れることが重要になってきます。これは、環境空間が持つ「残響時間」に大きく関わっています。

例えば、マンションの小部屋だとか保育室などで新しく造られたところは室内空間で音がかなり反響する、つまり残響時間が長い室内が多くなっているように感じます。残響時間の長さは喧騒感を醸し出すのでそのことが気になります。

赤ちゃんや幼児・児童の聞こえのことを皆さんがまず知ってくださることで、赤ちゃんや子どものいる場所が本当に耳が休まる聞きとりやすい場であるのかに気をつけていただき、子どもの聴力の特性に寄り添った環境を用意していただけると良いと思います。現在の赤ちゃん学分野での研究でわかってきたことは、赤ちゃんにとって「居心地が良い環境」を改めて考える必要があること。それは、居心地の良さは、それぞれ発達に応じて変化する可能性があるからです。

お昼寝の様子

お昼寝の様子

喧噪の中では初めて聞いた言葉は覚えられない

ー大きな声で話すと、まわりはさらに聞こえるように大きな声で話すことになり[i]、どんどん喧騒感が増していくと聞いたことがありますが、騒がしさは子どもや保育士にどのように影響するのでしょうか?


志村:
 聞こえへのうるささの影響についての研究はこれまであまりされてきていませんでした。最近の海外の研究でわかってきたのは、大きな音の中にいる子どもに新奇の単語を覚えさせようとすると、周りにある背景雑音、いわゆる喧騒感のあるところの音量よりも10dB程度大きな音でないと子どもは覚えられないことが分かりました。馴染みのある言葉なら5dB程度の差でも何とかなるけれど、新奇の言葉は10dBも大きく際立っていないと覚えられないという結果にはびっくりしました。例えば、騒がしい喧騒感のある保育室で子どもがワイワイ騒いでいる、その中ではホイッスルでピーっと合図をしないと保育が進まない保育室があります。残響する室内でいろいろな音が錯綜する中で先生が「はい、こっちへいらっしゃい!」と声を張り上げて言っても子どもたちにははっきり伝わらないのです。保育者の言葉が浮き立って聞こえてこないので子どもにとっては先生が何を言っているかわからない。ホイッスルの音は100dB程ですので、先生にとっては声での指示より楽な方法ということになります。先生の近くの子が、先生の「いらっしゃい」に反応して集まると、遠くに居る子どもたちは他の子たちの動きを見て行動を開始するというような活動になることもあります。そこにいる全員の子どもの耳にどの程度届いているかを、よく見る必要があります。また音楽活動の際にも、一斉に大きい声を張り上げて歌っているときでも、子どもの一人ひとりが音楽を十分楽しめているのかという事もよく見ておく必要がありそうですね。

[i]雑音下などで周囲の音の大きさに応じて、話者が無意識に声の大きさ等を変化させる能力は「ロンバード効果」と呼ばれており、幼児でも行っていることがわかってきた。
【参考文献】-Anderson K., & Goldstein H. (2004)
 「Speech perception benefits of FM and infrared devices to children with hearing aids in a typical classroom.」
-Speech, and Heraling in Schools, 35, 169-184.

保育園の設計では「音」がひとつの鍵になる

―保育園や幼稚園の設計の中で、園長先生との対話の中で音環境や環境についてどのように考えておられますか?

 
袴田:
幼稚園を含めて保育施設は10園程度設計しました。私が設計していない園の先生方とのお付き合いも含めると20~30園程の方々と関係があります。保育の考え方が皆さん千差万別で、設計者としてうまくまとめてお話しするのはとても難しいです。

特に音に関しては、志村先生がおっしゃったように、なかなかまだ保育園自体の意識がそこまで及んでいないと思います。

設計して建ててみたらちょっとうるさかった、音が響いてしまったということもあります。ここの保育園が実はそうです。けれどもなるべく一般的な岩綿吸音材は使いたくないと思っています。なぜかというと岩綿吸音材は事務所や学校のように見えてしまうので、なるべく住宅と同じような素材を使いたいと思っているからです。性能だけではなく、見た目が心地良いということもあります。昔の住宅のように壁は漆喰、天井は板が張ってあるというような設計ができたらと思っています。ただ、住宅の場合は家具、カーテン、絨毯、洋服、クッションなどで吸音ができますけれども保育園では(吸音するものが)あまりありませんから、住宅用の建材や工法をそのまま使ってしまうと確かに音が響いてしまいます。ですからこの保育園のホールも音の反響の話がでています。天井を見ていただくと分かりますが、ペンキ仕上げですので、確かにカーテンくらいしか吸音要素がないのです。ホールが響いてしまって、天井を改修しようかという話もあったんですけれど費用もかかりますから、何か掛けてみたり、壁に何か布を下げてみたりしたらとご提案しました。高い天井があってその下に布を架けたらどうかというアイディアが先生から出てきましたので、今こういう形になっています。(ホール天蓋写真)

設計者も先生たちのお話を伺いながら試行錯誤を繰り返しているところがあって、問題が生じてもこういう形で解決していただくとすごく嬉しいです。「次に設計するときはこれまでの課題を解決しよう」と日常的に試行錯誤しています。
建築の場合は、どちらかというと温度や空気質という点から環境的視点が入ってきますが、園側と対話をしながら設計をする中で、音も大きなキーワードでこれから大切になってくることが分かりました。

ホール天蓋

ホール天蓋

園と設計者が共につくる園舎づくりと保育理念の見直し

ー設計段階と竣工後、設計者と共に保育園の先生方も園をつくっていかれるのだと思います。空間をつくる、ものづくりと人の信頼関係を築くということは深い関係があると思いますがいかがでしょうか。


袴田:
保育園の先生にとって保育園を建てるということは滅多にあることではありません。10園も20園もの実績がある社会福祉法人もありますが、現場に立って自ら保育をなさっている園長先生からすると、保育園を建てる事は多分一生に1回、あっても2回ぐらいだと思います。ですから保育園を建てることについては全然経験がなくて、どういう保育園をつくるかイメージをなかなか持てない先生が多いです。

であれば、いろんな保育園を見て勉強すれば良いのですがなかなか日々の忙しい保育の中で園長先生も保育士も含めて、いろいろな他の保育園を見に行くという事はなかなか難しいです。そういう意味で(保育園を建てる)先生方にとって本当に大変なことです。とはいえ、保育園を建てるということは千載一遇のチャンスですから、ぜひ園全体で取り組んでいただきたいです。それも園長先生がリーダーシップをとって設計事務所と議論をしてもらいたいと思います。そうすることによって園で行う保育自体を考えるきっかけにもなると思います。そうしないと、もともとの保育園の良いところを残して使い勝手の悪いところをなくせば多少はレベルが上がるかもしれませんけれども、それ以上にはいかないじゃないですか。今までやってきた保育の経験をベースにしてその上に、この先にどんな保育を行うのか。保育は時代と共にどんどん進化していると思いますが、保育理念構築と園舎づくりを共同作業としてできたらいいなと最近本当に思います。いくつか設計すればするほど、僕たちもいつも問題にぶつかるものですから、次の先生、さらに次の先生と取り組みたいと思います。それは住宅も一緒、全部の仕事が一緒だと思います。

暖炉の前で火が見える生活について話す橋本園長(写真左)

暖炉の前で火が見える生活について話す橋本園長(写真左)

保育園舎設計の難しさ

―保育の仕事は、もちろん仕事ではありますが、一方で人間として暮らすという価値観と連動するように思います。


袴田:
保育園の設計は難しいと思います。そのひとつ目の理由は住宅やオフィスビル、美術館、図書館といったものであれば、設計者も使う側に立てるから、自分が気持ちの良いものをイメージできる。一方、保育園の場合、主役は子どもですから低い目線で考えなければいけない、子どもの気持ちになって考えないといけないということがあります。
そうすると僕なんかはもうあんまり大昔になるので笑われてしまいますが、あの頃どうだったか自分の昔の記憶を思い返すんですよね。やはり(保育園の設計は)そういう難しさがあると思います。

難しさのふたつ目の理由は、保育園の先生は保育のプロで僕たちは設計のプロですけれども、先ほども言ったように保育園の先生方は保育園をつくるチャンスはほとんどないですから保育園をつくるプロでは無いですよね。はじめは設計事務所にお任せになってしまう場合が多いです。ただ、問題が出た時には今度僕たちが「こういうふうに考えてこのように設計したんです」といっても「私たちが保育をやっているんだから」というやりとりになって、本当に噛み合わなくなってしまいます。保育園の設計についてはそういった難しさがあります。


―住宅の設計とは違うところですか?


袴田:
住宅であれば自分自身が生活者ですから「これで良いじゃないですか」と言えますが保育園はそうはいきません。僕は幸いにして今までないですけれども、保育者と設計者との食い違いでトラブルになってしまうという話をよく聞きます。
保育園をいくつか設計した方で、トラブルに凄く悩んで保育士の免許を取った人がいます。僕も最初の保育園を設計する時に「1週間ぐらい来て一緒に保育をやろうよ」と言われましたが、僕が保育をやっても仕方がないのではないか、大変なことだけを見てしまって迎合するだけで、理想近づけないように思いました。園とお話をしていく中でご希望を言っていただいて、それを僕たちが咀嚼して取り込んで提案して、それに対してまたご希望をいただいて……という設計の流れの中でやりとりを積み重ねていかないと議論にならない。もし僕が保育士の資格を持っていてもあまり議論にならないです。大した保育士じゃないし免許だけですからね。そんなふうに思います。

取材日:2018年6月7日 聞き手:藤村 真喜 撮影:伊藤 夕歩
協 力:社会福祉法人 松栄福祉会 まつぼっくり保育園

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