オピニオン
子どもの育ちを支える保育環境づくりに向けてー保育環境の環境再考と課題ー(1)
地域の木材を活用した保育・福祉施設と健康を考えるセミナーin東京 でのご講演より
話し手:常葉大学保育学部 講師 村上博文
第1回では保育環境の中でも、特に色と園庭についてのお話です。建物の外、中、また各部屋、コーナーありとあらゆるところの色の選択の上に環境が出来上がります。子ども育ちという視点でどのような色を選ぶのか、また平らな園庭がよいのかデコボコな園庭がよいのかについて事例を交えてお話いただきました。また、環境が成立する背景として保育者がどういった理念をもって環境に投影していくのか、保護者への理解という視点も示されます。
保育環境としての園舎の色
昨日3月に、フランスのフレネ(Freinet,S)学校[i]に視察に行ってきました。フレネ学校は、第二次世界大戦前から今日に至るまで、子どもの主体性を大切にしてきた教育を行ってきたことで有名です。フレネ学校を訪れたとき、教育環境として校舎の壁の色に注目しました。壁は白、窓枠は水色でした。なぜこの色にしたのか、それをとても知りたくて、フレネ学校の先生に質問をしましたが、残念ながら「わからない」という返答でした。フレネ学校に比べると、今保育の世界ではイタリアのレッジョ・エミリア(Reggio Emilia)[ii]の保育が注目を浴びていますが、園舎の色は原色が多かったと記憶しています。
[i]フレネ教育とは教え込みを主とする伝統的教育学の克服を目指し、あくまで子どもを主体とした教育学であり、具体的実践と結合した教育哲学である。
http://ecolesdifferentes.free.fr/SCHLEMMINGER.htm
https://www.youtube.com/watch?v=eqKy5N_NCsk
[ii] 子どもを強く、有能で弾力があり、驚異と豊かな知識を持っていると評価した幼児教育への革新的なアプローチのこと。すべての子どもは大いなる好奇心と潜在力を持ち、生まれつきの好奇心はまわりの世界とその中での自分の場所を理解するために興味を引き出します。プログレッシブで協同的な幼児教育への動きからイタリアのレッジョ・エミリアの町とその周辺地域に由来し、特有のものであってメソッドではなく訓練大学があるわけではない。レッジョ以外の地域の学校や幼稚園はレッジョ・エミリアアプローチに触発されて、その地域社会のニーズにあったものを採用してて、レッジョに触発された異なるコミュニティを同じようにみるものではない。(一部抜粋)
http://www.aneverydaystory.com/beginners-guide-to-reggio-emilia/main-principles/
園舎の色について、もう少しお話しをします。先日、伺った園の園舎は明るい黄色でした。園長に、「どうして園舎をこの色にしたのですか」と聞いたところ、1つ目の理由としてこれから園児が減ることが予想されるなか、まわりから見て幼稚園が目立つような色にしたいと述べていました。また2つ目の理由として、子どもが散歩で近くの山に登って頂上から見下ろしたときに、自分たちの園舎だとわかるようにしたかったとも、園長は言っていました。それ以外に、静岡市内にある美和保育園は、園舎が白色なのですが、その理由について、園長は地域に馴染む色にしたかったと言っていました。さらにもう1園、こちらは千葉県富津市にある和光保育園[i]です。壁の色はこげ茶です。この色は、鈴木眞廣園長のこだわりです。園舎をこの色にした理由は、日本人として落ち着く色ではないかと思ったからだそうです。そのために、わざわざ古民家を移築したそうです。30年40年経ったような古びた園舎に見えますが、色だけでなく園舎全体に、園長先生のこだわりがみられます。毎年、学生を連れて園の見学に行くのですが、「田舎に帰ったような気分」と感想を述べる学生もいます。園舎の色に注目して園を紹介してきましたが、子どもの育つ場、生活する場として、園舎はどういう色がいいのか、それを考えるのはなかなか難しい問題です。
[i] http://www.wakoh-mura.com/
フラットな園庭とデコボコした園庭
次に園庭に注目してみましょう。東京都の大田区にある多摩川保育園を紹介します。開園当時、園庭は小学校の運動場のように平らでした。園庭が平らであると、運動会等の行事のときには都合がよいです。例えば、園庭の真ん中でリレーや綱引きができます。
しかし、この園では3年かけて園庭の中央に築山のある園庭に変えました。なぜならば、園庭で子どもたちがダイナミックな遊びはもちろん、様々な遊びを展開してほしいという園の願いがあったからです。このように園庭を改造すると、築山のあるでこぼこした園庭では運動会でリレーができなくなることから、保護者から苦情が寄せられることもあります。
しかし同様に、園庭に築山がある他のこども園に見学に行ったとき、それについて質問をしたところ、園長からは「築山のまわりを走るのが実は楽しいんです」という答えが返ってきました。なぜなら、築山の向こう側で、一生懸命に走る子どもたちの間にどういうドラマがあるのか、それを想像するのが楽しい。築山の影から出てきたときに抜かしているか、逆に抜かされているかもわからない。そういった見えないドラマが実は面白いんですと、園長は話していました。
フラットな園庭か、築山がある園庭か、どちらの園庭がいいのかは、単純に結論づけることはできません。保護者のニーズもあるだろうし、何より園としてどういう保育を目指すのか、どういう経験を子どもたちにしてほしいのかということも、園庭のあり方には関係してきます。例えば、子どもの体幹を育てるという点からすれば、どちらかといえばフラットよりもでこぼこがある園庭の方がよいかもしれません。
つぎに、園庭で子どもたちがダイナミックな遊びを展開することで有名な神奈川横浜市にある川和保育園[i]を紹介します。
[i]http://www.kawawa-hoikuen.ed.jp/
保育理念と環境と保護者の理解
この園では、園庭の広さを十分にとることができないので、横ではなく縦、つまり高さを生かして園庭づくりをしています。例えば、この大型遊具には1階、2階、3階に登るための階段はありません。壁に空いている隙間に足をかけて、2階、3階へと子どもたちは登っていきます。驚くことに、これらの遊具は保護者が作ったものです。この園では入園に際して、「園庭で遊んで怪我をしても、骨折までは許してください。」と保護者に伝えます。したがって、この保育理念に理解のある保護者のお子さんが、この園には入園してきます。
一般的に、園で子どもが怪我をすると、保護者から保育者に対して責任が大きく問われます。「なんでこんなことになったのか、状況を説明してほしい。」「園長にも話を聞きたい。」など、大きな問題になることも、ときにはあります。しかし、この園ではそんなことはほとんどありません。園の保育理念が園庭の保育環境に反映され、それに保護者が理解しているからこそ、園庭での子どもの怪我に対する捉え方も違ってきます。
会場・協力:まつぼっくり保育園(運営:社会福祉法人 松栄福祉会)
写真:村上 博文先生提供
文責:木造施設協議会事務局