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自分らしく、居心地のよい子供の時間と空間(6)
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自分らしく、居心地のよい子供の時間と空間(6)

保育環境オンラインセミナー設計編より

自分らしく、居心地のよい子供の時間と空間(6)

話し手:袴田喜夫建築設計室代表 袴田喜夫/常葉大学保育学部 講師 村上 博文

自分らしく、居心地のよい子供の時間と空間(6)

2020年9月17日に開催いたしました「自分らしくいつまでも居たくなる空間」をテーマに保育環境オンラインセミナー設計編の収録です。
第6回は最終回です。
子供も大人も、居心地のよい場所ということはそんなに変わらないのかもしれません。
自由に選択できることによる居心地や建築から家具まで見通した計画、「安全」の合意形をどうつくるかといったお話です。

岡本の保育園園長のインタビューも併せてご覧ください。
http://mokuzoushisetsu.or.jp/opinion/opinion-3463/

自分で選んで自分で片付け、自由な空間と時間をつくる

千葉の和光保育園の縁側の写真ですけれども、保育室と園庭の真ん中にあって保育室でもないし園庭でもない中間地帯ですよね。言って見れば余白のようなものです。だからこそ逆に子供が自由に食事の場所としても使えるし、好きな子供同士で座って遊びを始めるかもしれない。そういう意味が規定されていないような空間があると案外居心地が良い。もうひとつ言うと自分で選んでいるということもあると思います。自分で場を選んで好きなことを自分でできるという、精神的な意味も重要かなと思います。そのために何も規定されてない余白の空間とか時間とかがあると、子供たちが自分で時間と空間を作っていくという、保育の世界だと「子供主体」という言い方をしますけれどもそういったことにつながっていく空間作りになっていくと思います。

藤村: ご飯を食べている様子を見ると片付けやこぼしたときの掃除が管理側の視点では気になることと思います。ご飯を食べた後、子供たちがご馳走さまをして自分で片付けをすることをセットにして自分で場所を選んでいるのではないかと思いますが運営の仕方をご存知だったら教えていただけますか。

村上:その通りです。この和光保育園は生活する場所であることを大切にしています。食事の場面では、正確では無いですが約11時過ぎから1時前位までの間で自分たちで食べたい時間に食べるという事ですね。支度もそうですし、自分達でよそって自分たちで片付けるという形、子供を生活を営む主体として見ているので何か落とせば自分たちで雑巾で拭くといったことです。
生活を作っていくということですかね。できるまでは保育者が丁寧に関わっていく必要がありますけれどもそこから後は子供たちが自分たちで生活を作っていくので心配はあまりしていないですね。

建築だけでなく家具も一緒になって初めて成立する保育園

藤村: 建築と家具等の設え、またそこで木が果たす効果についてお話いただけますか。

袴田: 保育園に限らずですけれども、基本的には建築は箱だと僕は思っています。なるべくシンプルな箱であって欲しいと思っています。保育園の場合はなかなかシンプルというわけにはいきませんが、竣工したての写真は殺風景だと何回か言いましたけれどもやはりその中に何かが入って初めて保育園になります。特に坂本園長の保育園の場合、または僕が最近お付き合いいただいているお考えのある先生方にとっては家具がすごく重要なんですね。建築としてできた保育園の形では保育は成立していないのです。一昔前ですと、ある保育園に見学に行くと大きなホールで全員が布団をずらっと並べて雑魚寝をしているというのが結構あったんです。今でもありますね。あんなところで子供たちが落ち着いて寝られるはずがなくて、それは僕たちでも同じですよね。修学旅行で枕投げするような環境であればそれはそれで良いですけれども、やはり僕たち大人であれば、ベッドがあってベッドの横にスタンドがあってそこに自分の読みかけの本がおけるスペースがあるというような、そういうのが気持ちいいわけであってもちろん多少違っても子供だってそういうところが欲しいんですよね。
昼寝するにしてもご飯を食べるにしても、家具のレイアウトをすることによって初めて保育空間が出来上がるのです。

それは1年間の中で、同じ3歳でも同じ4歳でも同じ5歳でも、成長の過程が1年の月齢が違えば全然違うわけでそのクラス構成の中でどんどん保育も変わっていくということを伺っています。ですから、建築ができたままの形で規定したもので保育空間ができるなんて僕たちが考えてはいけないのです。やはり先生たちの運営と協働で初めて保育空間ができるのだということを認識しないといけないんじゃないかと思います。その時に家具が例えば何十年も使い込んで色が染み付いてきている家具なら良いんですが、なかなか保育園もそんな潤沢な予算で運営できるわけじゃないですから、運営後のすり合わせが十分ではないと家具があまり良くなかったりするんですよね。そうすると結構悲しいです。事業、建築計画の中で家具の予算もある程度見込んでいて建築と同じような風合い、もしくは建築と同じような耐久年数があるようなもので、木造の建築であれば木の良い家具を選んで、建築と家具がしっかり一緒になって保育園ができるんだという、そんな認識を持てるといいんじゃないかなと思います。
ちなみに岡本の保育園の家具は坂本園長が気に入られて買っているかなり良い家具です。

藤村: 家具は考えているようで、購入が保育園であったりすると後回しになりがちで気づいたらお金がないというようなこともあります。

袴田: 坂本園長と僕のペアの時はもう五園目ですからお互いに分かっていましたからいいんですけれども、確かに保育園をつくるというのはしょっちゅう先生方にとってはあるわけでは無いですから、これくらい費用がかかるんですよということを設計側からプロとしてご提案、アドバイスできるようなことができると全体的にバランスが良い事業になるのではないかなと思います。

藤村: 保育園の設計の進め方について家具の費用も含めて困ることもあるのではないかと思いますがどのように話をされるのでしょうか。

袴田: まず注意しないといけないのは規定の保育面積には収納家具の分は外さなくてはいけないんです。四つ脚のテーブルは保育の面積に算入していいですけれども、部屋を少し区切っているような収納家具は保育面積から除かなければいけないです。置き家具で動かせるけれどもそれでも保育面積から外さなくてはいけないです。

つまりある程度、家具の計画ができていないと面積の計画すらできないです。保育面積にも関わるので先生が家具をどのぐらい入れてどう仕切って保育空間を作ろうと考えているのか、設計事務所としてはどのようにご提案しようかという事は結構初期段階から入っていないと難しいと思います。
(※児童福祉法及び各自治体の保育所認可に関する設置基準等関係省令を要確認)

藤村: 初期からどのくらいのグレード、配置を含めて話しておかないといけないということですね。初めて保育園を設計するときには盲点になり得ますね。

隠れ家と隙間

藤村: テーマの3つ目に隠れ家と隙間を設定させていただきました。机よりも低い高さの場所に子供たちがじゃれているような写真をいただきましたが、村上先生お話しいただけますか。

村上: これは東京の葛飾にあるうらら保育園さんの保育室の外側にあるスペースです。もともとはテーブルや椅子が入っていて朝、テーブルと椅子を出すとこのスペースができてこんな形で入り込めるようになっています。入り込めるということと、保育室の中ではないので、保育者の視線や友達の視線から逃れられるということと、逆に仲良しの友達と一緒にいられるということで子供たちが好む場所なんです。一方、安全性の問題では、常に保育者がいられるわけではないのでやはりこのような隙間の空間はできるだけ使いたくない、もしくはなくしたいという発想にどうしてもなりがちです。見通しが良い保育室が、保育者にとっては何かあれば子供の姿がすぐ目につくので安心なんですけれども、逆に言うと保育者の目が行き届きにくい、隠れ家的な空間をどうやって安全に作ることができるのかが重要かなと思います。

例えば園庭で土管の話がありましたが直線で反対側からぱっと見えればそれはそれで面白い。でもわざと曲げると先が見えない、見通しが持てない中での面白さというのがあります。見えない空間をいかに作っていくのかということが大切です。これが保育者の方がとても苦労していて、理想は子供からは保育者や友達の姿が見えないけれども保育者からは見えるというそういう仕掛けが出来るような空間があると、こういう隠れ家的な空間を作りたいという人にとってはありがたいと思います。現場の保育者でこういった隠れ家のような空間をつくりたいとほんとによく言うので何か知恵が建築側であると良いですし、これは居心地にはつながるかなと思います。

藤村: 私が担当したことがある学校でも、高校生の男女が死角になるところに入ることが大問題でした。一方で集団生活のなかでひとりになりたい、落ち着きたいという要望もあって見通しがつくが、学生からは囲まれた感じがする家具的なブースをつくりました。
小さい場所は家具と建築が近づくところで、家具的な作り方で建築側で最初に作っておくということが必要かなと思うんですがご経験の中でもお話しいただけますか。

何が「安全」なのか、保育者と建築家の合意をつくる

袴田: 幼児も大人も変わらないですよね。やはり狭いスペースで好きだと思います。自分で何か集中したいときは、大人になると書斎が欲しいとか、最近はキャンピングカーか何かで1人キャンプという人もいます。そういう守られ感がある空間がみんな好きなんだと思いますね。建築で作ったときにどのように見通しよく作るのかというのはなかなか難しいです。

見通しが悪い空間を作らないでほしいと皆さん言われて、事務所の位置やでっこみ引っ込みを考えたりするんですが、別の保育園で打ち合わせしたときに、先生が面白いことを言ってて割と救われた気がしました。「袴田さん、大丈夫です。保育士は動いています。一点だけでいるわけじゃないので常に動いていますから、そんなに心配しなくてもいいです。もう一つは幼稚園と違って保育園は1つのクラスに必ず保育士が2人、3人いますからそんなに見通しが悪いという事は無い。」と言われました。もちろんその先生の考えですから、一般論は分かりませんし、いろんなご意見があると思います。やはり保育方針によってかなり差があると思います。しかし、設計者にとってはそういう認識があって先生とお話ができればどこかに妥協点があるのではないかという気もしています。狭いところはやはり作りたいんですね。

藤村: 「安全」というどこまで追求するのかはっきりしないものをどのように形で担保していくのかは、子供を別ものと考えずに大人も子供も同じ視点で先生方とよく話して合意をつくっていくことが大切だというお話でした。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

文責:木造施設協議会
聞き手:藤村 真喜

木造施設協議会について