オピニオン
自分らしく、居心地のよい子供の時間と空間(5)
保育環境オンラインセミナー設計編より
施設名:きらり岡本保育園(東京都世田谷区)
話し手:袴田喜夫建築設計室代表 袴田喜夫/常葉大学保育学部 講師 村上 博文
2020年9月17日に開催いたしました「自分らしくいつまでも居たくなる空間」をテーマに保育環境オンラインセミナー設計編の収録です。
第5回は居心地のよい子供の環境をテーマとして、より多面的に考えていきたいという趣旨で建築家と保育の研究者である村上先生に入っていただき、立場の違うお二方にお話しいただきました。
岡本の保育園園長のインタビューも併せてご覧ください。
http://mokuzoushisetsu.or.jp/opinion/opinion-3463/
理想の保育が建築により具現化
藤村: 坂本園長の動画と袴田先生のお話はいかがでしたか?
村上: お二方の話を聞いて改めてうまくマッチしたそういった印象です。なかなか保育園の園長が考えていることがうまく実現されることは結構あるようでないです。今回は袴田さんがうまく園長の考えを引き取っていろんなところに実現されているという印象を受けました。例えば縁側のスペースも面白い形で実現されていますし、それだけではなくその場所が実際生きているって言うんでしょうか、子供たちが食堂があってそこで食べるんじゃなくて自分たちで場所を選んで食べられるようになっていたり、遊びの場所にもなったりしながらすごくいろんな形で使えるようなそういったスペースになっています。坂本園長が考えていたことの一例ですけれども、うまく生きていて子供の姿が食事の場面でとても生き生きしていてまさに子供の姿が反映されていたんだなと僕は見て思いました。
年齢ごとの空間構成と高さの工夫
藤村: 保育園にいる子供たちは0歳から5歳まで年齢幅がありますけれども、年齢間の関係と空間構成についてお話しいただけますか?
袴田: 保育園を設計し始めた時は、随分僕たちは歳をとっていますから子供たちはみんな小さな子供で一緒に見えてしまっていたんですね。いろいろ保育園とお付き合いが深まっていく中で、0歳、1歳と2歳は違うし3歳、4歳も5歳も全然違う。逆に言うと5歳児なんて大人のように見えてくる場合もあります。それによって空間の大きさを変える必要はないですが、やはり興味の範囲は全然違いますから、年齢に合わせて床の高さの違いだとか腰窓にするのか吐き出し窓にするとかはひとつひとつ決めていきます。
今回、0歳児室は基本的には腰窓ですが、1つ掃き出し窓にしているんですね。下から200㎜上げています。最初は下まで見えるようにしてほしいと言われたのですが、少し落ち着かないかなと思いました。そういった0歳児だったら窓の下にどこまで壁があったら気持ち良いのか、正解は僕にはまだわかりませんけれどもそういう議論を随分してきたつもりです。結果としてどこまでできているか分かりませんが、これからも様子を追いかけて先生の話を伺って少しずつ見分けられれば良いと思っています。
保育の仕方を踏まえた保育室のレイアウト
村上: 年齢できって0歳、1歳、2歳のお部屋ではなくて異年齢のクラスが増えてきているので非常に設計するのが難しいかなと思っています。例えば今回の保育園、きらり岡本の場合ですと2歳があって3、4歳があって5歳児が2階という形になっていますが、このパターンは珍しいと思うんですね。通常は3、4、5歳で1かたまりになっています。坂本園長がどういう意図で2歳児を1つにして3、4歳児を1クラス、5歳児を1クラスにしたのかという辺を丁寧に読み取っていかないと、建築を設計するときに難しいかなと思います。ある意味、年齢別に切って単純に空間構成を作っていくわけではなくなってきたということは、それだけ保育の仕方も考えるようになってきて、保育方針を踏まえて設計することの難しさも増えてきたのかなと思います。
子供の目線で高さを考える
高さについては、私は必ず0、1、2歳ですと天井の高さがどうしても高いと思います。多くの園で、天蓋を吊るしていますが、どの園でも「どれぐらいが良いですか?」と聞いても確実な答えが必ず返ってきません。
ということは、どの園でも先生の勘で高さを決めているので、おそらく窓の高さも天井の高さも含めて、赤ちゃんにとってどれぐらいが居心地の良いのかという視点で考えると、落ち着く空間の1つのヒントになると思います。あとは窓の高さですが、僕が先日行った公立園の0歳児のお部屋は窓の高さをあえて高くしてあります。なぜかというと、その高さまでトコトコと坂を上っていく努力をして初めて窓から外が見える、あえてどこでも見える形にしないということです。もっと面白かったのは、その窓のところに子供が好きなもの、きれいなものがたくさん置いてあるんですね。見つけると子供が好きなものめがけて行くので、自分のおもちゃも手にできるし外も見えるのです。その辺の意図も園長先生含めて考えていかないと窓の高さ1つにしても単純に決められないことはあるとお聞きしていました。
藤村:村上先生のお話では仕掛け、保育の内容、遊びの延長に窓も環境として使ってしまうということだと思います。子供は歩き出すと、視点が高くなり、届くものが増えてくると危ないと言われることもあります。いかに子供の視点になって居心地のよさや面白さから建築を考え、安全性も担保しながらディテールを詰めていくかということになりますが、袴田先生いかがでしょうか。
袴田: 確かに大人のスケールと子供のスケールが違いますから、子供が快適にくつろげるような寸法体系だったりとか安全が担保できる寸法だったりがあると思うんですね。だけどもそれをものすごく詰めていっても実はその先って何か結論があるわけではないと思います。簡単に言ってしまえば子供は保育園にいなければ家にいるわけで、家がそんなにうまくいっているかというとそんな事はないですね。みんな大人のスケールですよね。その中で子供たちは自分なりの気持ちの良いスペースを猫のようにうまく見つけて暮らしているのだと思うんです。その設計って何でもそうだと思いますが、ある程度ラフなところがなくちゃいけなくて、どんどん突き詰めていくときっと妙なオートクチュールになってしまうと思うんです。ある程度、方向性を決めたら少しラフなところを残しておいた方がいいかなとそんな気持ちがありますね。
藤村: 神経質になると家でも安全ではないところがたくさんあってそれをカバーし出すと全部クッションをつけなければいけなくなります。どこまで意味があるのかと悩ましく感じますが、少しラフな部分を残すというお話から次のテーマに行きたいと思います。
余地や余白 規定されていない空間の心地よさ
藤村: 次のテーマを「余地余白」と設けさせていただきました。これはデザイン的なもの、空間的なもの、今まさに袴田先生がおっしゃったようなお話の続きになると思います。少しラフなところが残っていることがむしろ選択できる余地や居心地が良いことにつながるかもしれません。この余地余白についてどのように考えられるでしょうか?
村上: 先程の園庭でも凹凸がありましたよね。高さの話で園舎の中に高いところがあったり低いところがあったり、絵本コーナーが凹んでいましたよね。真っ平でなくて凸凹していたりするというところが子供にとって面白いんです。平じゃないので転んだらどうする、危ないでしょうという話になりがちなんですけれども、実はそういうところが僕が大切だと思っています。
凸凹という表現は、ある意味では余白とかずれとかそういう今までマイナスに捉えられてきたようなことです。凹凸してはいけないんですよ、真っ平じゃないといけないですよ、ズレがあったらいけないですよ、とかきれいにとめましょうといった発想ではない発想です。
保育もそうで、建築も見直していくともしかしたら、子供がそんなにガチガチ几帳面にならないで生活できるというふうに思っています。少しダラダラする、ごろんとするという、どちらかというとマイナスなイメージですが、そうではなくてゴロンとする余地の空間が保育園の中にあるということが大切だと思います。
文責:木造施設協議会
聞き手:藤村 真喜